黒い薔薇がグレーの床を染め、男女が抱きしめ合っている状況を目の当たりにし、曄途は顔を真っ赤にし二人を指さした。

「あの、これって?」

 一華は顔面蒼白、優輝は表情一つ変えずにお互いの顔を見た。すると、優輝が何故か急に笑い出す。

「ぶっ」
「わ、笑い事ではないかと思うのですが!?」
「いや、そんな。世界滅亡したような顔を向けられてみろよ。ふっ、わら、うわ…………くくっ」

 お腹をよじり笑っている優輝から逃げ、一華は慌てて弁明するため曄途へと駆け寄った。

「あ、あのね! さっきのは違うの! さっきのは…………そう! 私が転びそうになってしまったから、黒華先輩が支えてくれていたの!! 決して抱きしめられていたとかそういうのじゃないから!」

 顔を赤くし必死に弁明する彼女を見て、曄途は「は、はぁ」と気の抜けた返答をする。
 今だ「違うの!」と言っている一華の後ろ、優輝が窓に寄りかかり二人を見て楽しんでいる姿を見て、次に視線を下に移し、付近に落ちている黒い薔薇を見る。

「あの…………。もしかしてですが、あれは、お二人の個性の花ですか?」

 指さした先には黒い薔薇、一華はまだ赤い顔をそのままに振り向いた。

「あ、えっと…………」

 一華が答えようとすると、それより先に優輝が隠すことなくあっさりと答えた。

「まぁな。これは俺の個性の花だ」
「はぁ…………」

 やっと答えた優輝は必要最低限の言葉だけを伝え、口を閉ざす。
 まだ理解しきれていない曄途は、教室内に入り、床に落ちている花びらを一つ掴み拾い上げた、

「っ、これって……。貴方の個性の花って、黒い薔薇?」
「ご名答、よく出来ました」

 人を小馬鹿にするように手を叩き、にやけ顔を浮かべた。
 彼の態度にイラつきつつも、花びらを床に落とし曄途はため息を吐いた。

「つーか。お前、二年じゃねぇだろ。誰だ?」
「あ、すいません。驚きすぎて名乗る事を忘れていました。僕は1-A、白野曄途と言います。個性の花は、白い薔薇です」
「え、薔薇?」

 曄途の自己紹介に、一華は驚きの声を上げた。
 窓に腰を掛けている優輝も片眉を上げ、曄途を見た。

「まさか、薔薇が三人、同じ学校に集まるなど思っておりませんでした。これは神の導きなのでしょうか。この出会いは大事にしたいですね」

 気持ちを落ち着かせた曄途は、笑みを浮かべ胸元に手を持って行き上品に言う。その仕草は、まるでどこかの執事のように高雅で美しい。見ているだけで人を魅了出来るような彼に、二人は眉を顰めた。

 作られたような動き、表情。高校生がここまでの事が出来るなど思えない。
 一華と優輝は彼の上品な動き目が釘付け、視線を離す事が出来ずにいた。

「…………あの」
「何でしょうか」
「貴方、無理してない? 大丈夫?」
「…………はい?」

 一華からかけられた質問が予想外過ぎて、曄途はきょとんとしてしまいすぐに答える事が出来なかった。

「いえ、なんか……。すいません、いきなり変な事を聞いてしまって」
「いえ…………」

 お互いに気まずい空気が流れる。その空気を壊したのは、頭をガシガシとめんどくさそうに掻いている優輝の言葉だった。

「ところで、お前は何でこの教室に来たんだ?」
「あ、侭先生を探していたんです。届け物がありまして…………」
「あねっ――侭先生なら今の時間、図書室にいるはずだぞ」
「あ、ありがとうございます」

 優輝の返答に礼を言いつつ、曄途は納得いっていないような顔を浮かべる。だが、これ以上質問する事はなく、教室を出ようと一礼をした。

「では、僕はこれで――……」
「待て」
「な、なんですか?」
「今回の事は、俺らだけの秘密だ。ぜってぇーに、誰にもばらすなよ? ばらした瞬間、俺はお前を許さねぇ。わかったな?」

 真紅の瞳に睨まれ、曄途は小さな悲鳴を上げ体を震わせた。
 返事をすることなく、その場から逃げるように走り去ってしまった。

「あの、大丈夫なんでしょうか」
「さぁな。ばれたらばれたで別にいい。釘だけ刺しておこうと思っただけだ」
「本当にいいのですか?」
「構わん。それより、早く帰るぞ」

 立ち直しポケットに手を入れ、廊下へと向かう優輝。途中、床に落ちている花びらを踏んでしまったが、つぶれたのではなく跡形もなくなくなった。

 個性の花は、出した本人なら消す事も可能。黒い花びらは、舞い散り跡形もなくなくなり、何事もなかったかのような、いつもの教室に戻った。