今日の授業も無事に終わり、一華と真理は約束通りに職員室へと向かった。
 中を覗くと、朝花がパソコンを操作している姿を発見。他の教師はいないようで、今を逃すまいと二人は頷き合い朝花の元へと向かった。

「侭先生」
「あら、蝶赤(ちょうせき)さんに糸桐(いときり)さんじゃない。珍しいわね、どうしたのかしら」

 パソコン作業を一時中断し、朝花は二人に振り向いた。

「先生は黒華先輩と義姉弟なんですよね?」
「そうよ」
「黒華先輩の個性の花って何ですか?」

 真理が躊躇することなく問いかけると、朝花が一瞬だけ瞳を震わせる。数回瞬きをした後、何かを誤魔化すように目線を逸らした。

「貴方達は、何故それを聞くのかしら?」

 何かを誤魔化すように問いかけた朝花に、真理はいつもと雰囲気が違う彼女に戸惑いながらも、ありのままを伝える。

「えっと……。黒華先輩が一華に告白をしたんです。まだお互い知らないようで、一華は断ったのですが、諦めないというような言葉を言われたみたいで。少しでも相手の事を知ったら心境が変わるかもと思い先生に聞いたのですが……。だめでしかたか? どうしても、本人には聞きにくくて……」
「え、優輝が、告白?」
「はい。してきたみたいですよ?」

 まさか、朝花が知らないとは思っておらず、一華と真理は顔を見合せた。
 朝花は腕を組み背もたれに寄りかかり、何かを考えるように天井を仰ぎ見た。

「んーー、そうねぇ。ごめんなさい、私からは言えないわ。本人が隠しているのなら、その気持ちを尊重したいの」

 考えた結果、答えられないと決めた朝花は首を横に振る。
 彼女の返答にやっぱりかと、二人は苦笑を浮かべ、肩を落とした。

「まぁ、そうですよねぇ」
「個性の花は、人のプライベートでもあるからね。仕方がないわ。……でも、あの子が告白ねぇ。想像すらしていなかったわ」
「そこまでですか?」
「えぇ。あの子は神経質でね。あまり他人とは関わりたくないよ。だから、人を好きになることも今まで無かった。だから、ちょっと寂しいけれど、逆に嬉しいわ」

 赤く頬を染め、本当に嬉しそうに朝花は笑みを浮かべた。
 彼女の様子が可愛く、二人もつられて笑みを浮かべ笑いあう。

「やっぱり、本人聞かないと駄目だよね。気になるなら」
「気になるのは真理でしょ? 私は特に…………」
「でも、少しは気になるでしょ?」
「まぁ…………」

 二人の会話を見て、朝花は体をパソコンに向けキーボードに手を添えた。

「他には特にないようね、私は仕事に戻るわ。貴方達も気を付けて帰りなさい。糸桐さんは部活でしょ? アップの時間が無くなるわよ」

 職員室の時計を反射的に確認すると、真理は顔面蒼白。風のような速さで駆けだした。

「一華! 私は部活行くね! またね!!」

 早口で言うと、一瞬のうちに消える。
 朝花が「廊下を走らない!」と言うが届いておらず、走っているような足音が廊下に響いていた。

「まったく、もう」

 文句を漏らしつつ作業を始める朝花に、一華はお礼を言って職員室を後にした。


 今は部活の時間なため廊下を歩く一華の元には、外からの人の声や、教室内からの楽し気な会話が耳に届く。
 誰もいない廊下を人の声を楽しみながら進んでいると、前の方から女子の笑い声が聞こえてきた。
 その声に一華は肩をびくっと動かし、顔を俯かせる。

 前に進む足が徐々にゆっくりとなるが、近づいて来る女子の笑い声は大きくなるばかり。
 相手がこっちに来ているとわかった一華は、顔を青くしその場にとうとう立ち止まってしまった。

「それでさー。あ」
「っ」

 前から来た一人の派手目な女子生徒が、廊下に立ち止まっている一華に気づく。すると、何かを企むような笑みを浮かべ、意気揚々と彼女へと近づく。

「こんな所で何をしているのかしら、ねぇ? 赤薔薇さん?」

 一人が言うと、取り巻き二人がクスクスと笑う。居心地悪く、一華は足早に去ろうと女子生徒の隣を潜り抜けた。だが、それを彼女の腕を掴み止める。

「ちょっと、感じ悪く無い? 私達と一緒に居たくないわけぇ?」
「いえ、そういう訳では…………」
「そう? それならいいけど――ねっ!!」
「グッ!!」

 腕を掴み、彼女の腹部を殴る。
 笑い声が響く中、一華はその場に薄くまり咳き込んでしまった。

「まだ見えない所にしてあげているんだから感謝してよね? 見えるところにしてしまったら、あんたが大好きな男漁りが出来なくなものねぇ」

 三人は笑い声を響かせ、三人は咳き込んでいる一華を無視して歩き去った。

「ごほっ……」

 やっと痛みが引いてきた一華は立ち上がり、口元を拭う。憎しみの込められている漆黒の瞳を、彼女達が去って行った廊下へと向け、睨みつけた。
 彼女達の声が完全に聞こえなくなると、一華はやっと歩き出し、教室へと戻る。自身の鞄を持って、何事もないように帰ろうとドアへ振り向くと、閉めたはずのドアが勝手に開き肩をビクッと震わせた。

 ドアが開いた先には、黒髪を紫のフードから覗かせ、八重歯を見せ笑っている黒華優輝の姿。黒髪の隙間から覗き見えるのは、彼がいつも付けているリング状のピアス。

「よっ、俺の事を調べていたみたいだな。少しは興味を持ってくれたという事か?」
「ち、違います! 友達が言ったからで…………」

 言い訳している一華を見て、優輝はきょとんと目を丸くする。だが、何も聞くことはなく教室内に入り彼女の前に立ち、腰を折って目線を合わせた。

「別に、照れなくてもいいぞ。お前の質問なら何でも答えてやる。何を聞きたいんだ?」

 真紅の瞳に見つめられ、何も言えなくなる。
 早く離れたいのに、彼の右手で顎を抑えられ逸らす事すら出来ない。心臓は本人の感情とは関係なしに高鳴り、頬が高揚する。
 緊張している彼女の様子を見て、優輝は笑いながらやっと顔を離し彼女を解放させた。

「そこまで緊張するな、さすがに手は出さねぇよ。質問があるのなら答えると言うだけだ」
「…………質問だけなのなら、顔を近づかせる必要はなかったと思います」
「俺が今のお前を近くで見たかったんだよ。昨日は花壇の整備をしていたから顔には土が付いていたからな。それでも綺麗だったから告白をしたんだが、案の定断られた。昨日は枕を濡らして寝たぞ」
「…………嘘つき」

 顔を逸らし、いじけたように反発。そんな彼女がかわいく、優輝はまたしても顔を近づかせようと一歩、足を前に出した。
 手を伸ばし、彼女の腰に手を回したが――……


 ――――――――ヒョイッ


「あ」
「そう簡単に私を捕まえられると思わないでください。今のはわかりやすいです」
「ちぇ」

 簡単に避けられ、優輝は唇を尖らせ、そっぽを向く。彼の反応に笑いが込み上げ、一華はくすくすと笑った。
 彼女の笑みに、彼も口角を上げ肩を落とした。

「それで、俺に質問はないのか?」
「あ、あるにはあるんですけど…………」

 気まずそうに顔を逸らし、肩にかけている鞄を強く握る。
 彼女の手に、優輝は自身の手を重ね安心させるように優しく微笑みを向けた。

「大丈夫だ。言ってみろ」

 優しく微笑まれ、思わず目を合わせた。
 真っすぐ見つめてくる彼に根負け、小さな声で先ほど朝花に聞いた質問をした。

「黒華先輩の個性の花って、なんですか?」