遊具から顔を覗かせ、移動できるところを探す。すると、曄途が公園のトイレを指さした。
 そこまで行ければ中に入り、窓から道路に出ることができる。そう考え、曄途と目を合わせ頷き合った。

 教師を見ると、意識が逸れている。今のうちだと、足音に気を付けトイレへと向かった。
 無事に中に入ることができ、中を見回す。
 奥の方に窓がある事に気づき、一華が頑張れば手を伸ばせば届く。頑張って手を伸ばし窓を開けようとすると、後ろから曄途が手を伸ばし代わりに窓を開けた。

「ありがとう」
「さすがにこれは男の役割なので。あと、腰当たりを掴んでも大丈夫ですか? 体を持ち上げます」
「あ、お願い」

 曄途は見た目だけで判断すると、そこまで筋肉があるようには見えない。にも関わらず、簡単に一華を持ち上げることができ、道路に出た。
 次に曄途が腕の筋肉だけで外に出る。

 もう教師の視界に入ることはなくなったと、二人は目的である森へと走り出した。

「このまままっすぐ行けばいいんだよね!?」
「はい! 真っすぐ走れば夜には辿り着くことができるはずです」

 太陽が沈みかけ、オレンジ色の光が二人の走る道路を照らす。
 周りには誰もおらず、周りを気にせず住宅街を走り続ける。

 二人の息遣いが聞こえ始め、汗がしたたり落ちる。息も荒くなり、体力の限界も近い。
 それでも二人は走り続けた。

 今まで行ってきたことを無駄にしないため、真理や陽の気持ちを無下にしないため。女神が封印されている森へとただひたすらに走った。

 すると、どこからともなくバイクの音が聞こえ始める。
 後ろからは来ていない。前を確認するも、前方にも何もない。

 流れる汗を気にせず走り続けていると、住宅街の十字路に辿り着いた。
 左右を確認する事を忘れた二人は、一切立ち止まる事はせず突っ切ろうとしたが、右側からバイクが勢いよく走ってきたため、曄途が一華の腕を掴み後ろへと引っ張った。

「きゃっ!」

 引っ張られた勢いのまま後ろに倒れ込んでしまった一華は、お尻を摩りなら前を見ると、言葉を失った。
 曄途も同じく何も言えず、険しい顔を浮かべ前に立つ人物を見上げた。

 二人の前には、黒いバイクに跨っている女性の姿。
 ヘルメットから明るい茶髪が出ており、スキニーに黒いジャケット。誰かわからず見上げていると、女子が手袋をしている手でヘルメットを取った

「――っ」

 目の前に立っていた人物は、茶髪を靡かせ黒い瞳でしりもちを付いている二人をバイクにまたがりながら見下ろした。

「見つけた」
「侭、先生」

 バイクに跨っていたのは、一華達の担任、朝花だった。
 二人は朝花が優輝を預かっていると陽に聞いている。彼は無事なのか、今はどこにいるのか。聞きたい事は沢山あるというのに、朝花の雰囲気的に普通に聞いても答えてはくれないことを察し、こわばった表情を浮かべた。

「放送を聞いてバイクをすぐに走らせたけれど、まさかまだ逃げきれていたなんて……。悪いけれど、ここでおとなしく捕まってくれないかしら」
「そういう訳にはいきません。先生、黒華先輩は無事なんですよね、何も酷い事はしていませんよね?」

 一華の問いに一華は答えない。バイクから降り、二人に近付こうとした。
 だが、二人は距離を詰めさせないように後ろへ後退する。

「何もしていないわよ、安心しなさい。貴方達が考えているようなことにはなっていないわ。だから、大人しく捕まって頂戴。私は、自分の教え子を傷つけたくないわ」
「それを聞けて安心しました。ですが、私達にはもう一つ。目的があります。この奥にある森、その中にお社に行かなければならないんです。お願いします、ここを通してください!」

 一華が叫び朝花を説得しようとするが、頷いてくれない。無表情のまま、一華を見続ける。

「悪いわね。それは聞けないわ。貴方をこれ以上自由にさせる訳にはいかないの」
「それは、私が赤い薔薇を持っているからですか? 私が自由に動けば、黒華先輩と出会ってしまう恐れがあるからですか?」
「そうよ。女神の封印を解く方法は一つ、赤い薔薇と黒い薔薇を捧げる事。でも、それだけは絶対にしてはいけない。女神の封印が解かれてしまえば、個性の花を伝い女神の怒りを受け、街の人達が危険に晒されるわ。貴方達は、街の人の命を背負えることが出来るの?」

 朝花の言葉に一瞬、答えるのに躊躇した一華だったが、すぐに朝花を見返した。

「その話はどこから来たんですか、本当にそうなるのですか? 確実に街の人が危険に晒されると? 仮に、今回私達が女神様の所へ行かなかったとしても、これからどうなるかなんてわからない。黒い薔薇と赤い薔薇が絶対に交わらないとも言い切れない。もし、これから黒い薔薇と赤い薔薇が交わりそうになった時、先生はその人達を止めるんですか!? 好きな人と、大事な人と一緒にいたいと。ただそれだけの人の気持ちを無下にし、先生は可能性の話を押し付け続けるんですか?!」

 怒涛の一華からの質問に、今度は朝花が口を閉ざしてしまった。

 今の一華は、ただ黒華先輩に会いたいだけ。伝えたい事があるから、それを言いたいだけ。
 女神様もきっと同じだったはず。

 ただ、人間を好きになってしまっただけ。ただ、その人が妻子持ちで、気持ちを抑える事が出来なかっただけ。
 今まで、惜しみない愛を捧げてくれた女神様が一度だけ過ちを犯してしまい、封印された。それのせいで、今後も薔薇を持つものは愛すら制限されてしまう。そんなことは絶対に許せない。

 二人の会話を静かに聞いていた曄途だったが、一歩前に出て朝花を見上げた。

「今回の話が本当だとするのなら、今までの赤い薔薇所持者は、白い薔薇の方と添い遂げたという事になりませんか? それか、女神の呪いにより朽ち果てたか。どっちにしろ、そんな制限された生活なんてまっぴらごめんだ。恋愛は自由、女神や大人の勝手に振り回されっぱなし何て絶対にごめんだね! 僕は、個性の花とか関係なしで人を愛し、大事にしたい。それは、黒華先輩も蝶赤先輩も同じのはずです」

 曄途の言葉に、一華は嬉しそうに微笑んだ。だが、すぐに気を引き締め、曄途と共に朝花を見上げる。

「今回でその呪いを断ち切る事が出来るなら、個性の花の呪縛から解き放つことが出来るのなら。誰がなんと言おうと、僕達は止まりません」
「私達は絶対に呪いを解き、自由を手に入れます。もう、個性の花によって狂わされる人生なんて見たくない!!」

 叫びに近い声を上げた二人を見下ろし、朝花はまた言い返そうと口を開く。だが、二人の表情を見ると、言葉が出ず歯を食いしばる。
 今の二人に何を言ってもきっと納得してもらえない。だったら、ここで時間を稼ぐしかない。そう考えたが、頭の中に浮かんだのは、自身の大好きな義弟である優輝の姿。

 優輝は過去、黒い薔薇によって酷いいじめを受けていた。それはもう、自殺しようとまで考えるほどの酷いいじめ。
 黒い薔薇だからという理由だけで教室内では浮いた存在となり、無視や存在否定されるのは当たり前。他にも暴力や、自殺を推奨するような言葉の数々。

 自分はこの世に存在してはいけない、誰とも関わってはいけない。そんな世界の中で生きてきた優輝は、人間不信となった。

 家族である母親や父親も信じられなくなり、義姉である朝花の事も拒否した。
 誰も近づかせない、誰の声も聴きたくない。そんな時期があった彼が、人を好きになった。それも、一目ぼれ。

 その人だけでなく、他にも二人、共に行動しても大丈夫な人と巡り合う事が出来た。
 幸せそうに笑う義弟。楽しそうに学校の事を話す姿を見てきた朝花は、個性の花に少なからず恨みを持っていた。
 個性の花が無ければ、黒い薔薇なんてものが無ければ、優輝は普通の生活を送れていた。そう考えたが、意味はないといつも気持ちを押し殺してしまっていた。

 今回、二人を前にして、希望を微かながらにも持った朝花は、二人の言葉を否定できない。手に持っているヘルメットを強く掴み、どうすればいいのかわからなくなる。

 何も言わなくなった朝花を不思議に思い、声をかけようとしたが、一華達の後ろからパトカーの音が聞こえ始めた。

「しまった!」
「先生! 早くここをどいてください!!」

 二人が叫ぶが、朝花は何も言わない。

「先生!!!」
「先生!!!!」

 どんどんパトカーの音が近くなり、焦る。早くここから逃げなければ捕まってしまう。
 もう、先生を押しのけようかと考えた時、朝花がやっと口を開いた。

「悪いけれど、ここはどかないわ」

 やっぱり押しのけるしかないかと、二人が覚悟を決めると、朝花が一華にヘルメットを強引にかぶせた。

「今から走って逃げるなんて無謀よ、すぐに見つかってしまうわ。だから、蝶赤さん、後ろに乗りなさい」
「えっ」

 朝花からの言葉が理解出来ず、唖然としたが、朝花の笑顔と言葉によりやっと理解出来た。

「乗って、森まで乗っけてあげるわ!」