三人はまず行動を起こそうという話になり、優輝の事を詳しく知っていそうな人物に話を聞こうと職員室に向かった。
 そこには一人、パソコン作業を行っている朝花の姿がある。
 三人は顔を見合せ、職員室に入り朝花へと優輝に付いて問いかけた。

「先生」
「あら、蝶赤さんと糸桐さん。それに白野君まで? 三人そろってどうしたの?」
「黒華先輩の事で聞きたい事があるんですが、少しお時間いただけますか?」

 優輝の名前が出た瞬間、朝花はやっぱりかと言うように目を伏せ、顔を俯かせる。
 聞いてはいけないことを聞いてしまったと瞬時に分かった三人だったが、ここで引くわけにもいかないと、一華は再度問いかけた。

「先生、黒華先輩は本当に病欠なんですか?」
「…………そうよ。熱が続いているみたいなの。だから、もうしばらくは来れないみたい」
「でも、休む前日は全然そんな素振り見せませんでしたよ? 確かに怪我はしていましたが、本人は元気そうでした」

 半分は本当で、半分嘘。
 優輝は屋上から出る時、顔を真っ青にし、急ぐようにいなくなった。確実に体調を崩していたとわかる。だが、どうしても熱などと言った症状のようには思えない。
 それも踏まえ、一華は朝花に問いかけ続けた。

「熱は朝に出たんじゃないかしら。そこまでは私も人伝にしか聞いていないからわからないわ」
「それじゃ、連絡して聞いてみていただいてもいいですか? 私達、心配で心配で仕方がないんです。今まで一緒に居たのに、急に何も言わずに学校に来なくなったので」
「あとで電話してみるわ。心配してくれてありがとね」
「今です」
「え?」
「今、電話してみてください。私達がいる前で」

 絶対に引かないという意思を見せる一華に困惑しつつ、朝花は焦った様に冷や汗が頬を付い合い、引きつらせた笑みを浮かべた。

「そこまで心配しなくても大丈夫よ。本当に、ただの風邪だと思うわよ?」
「――――先生、何か隠していますよね?」
「っ、え? な、なんで?」
「さっきから挙動不審です。どうにか私達を黒華先輩に近付かせないようにしているような気がします」

 一華が漆黒の瞳で朝花を捉え、離さない。すべてを見透かしているような瞳で見られ、朝花は体を震わせる。

「答えてください、先生。今、黒華先輩は、どこにいるんですか?」

 一華は再度問いかけ、朝花に顔を近づかせる。
 目を逸らす事が出来ず、朝花はわなわなと震える唇をかすかに開かせた。その時、がらっと職員室の扉が開かれる。

「っ、紫炎先生……」

 真理が扉の方に顔を向けると、そこには3-Bの担任である紫炎陽先生が険しい顔を浮かべ立っていた。

「何をしているんですか、もう下校時間ですよ。今日は部活はないはずです、早く帰りなさい」

 真理と曄途は一華を見て判断を仰ぐ。
 最初は諦めずに質問しようとした彼女だが、陽の鋭く光る藤色の瞳に一瞬口がどもる。拳を握り一言「わかりました」とだけ言って職員室から出て行った。
 真理と曄途も一華を追うように廊下に出て、職員室の扉をパタンと閉じた。

 廊下を出た一華は、途中で足を止める。追いかけていた二人も自然と足を止め、一華を見た。

「えっと……。一華、この後どうする? また時間を見つけて先生に聞きに行く?」
「いや、多分何度行っても教えてくれないと思うから他の手を考えようと思ってる」

 二人に振り返り、一華は言った。
 彼女の言葉を聞き頷くが、他の方法などあるのかと、真理は難しい顔を浮かべてしまう。すると、曄途が手を上げ、言いにくそうに口を開いた。

「すいません、手がかりになるかわからないんですけど……。黒華先輩が一人で路地裏に行った日があったんです。車で帰っていた時、一人でした。何も用がないのに、路地裏に一人で行くなんて考えられなくて……。何か、あったんじゃないかと……」
「え、それはいつの話?」
「黒華先輩と僕が言い合いになってしまった日だったはずです」

 一華がその日の事を思い出す。
 記憶を思い返していると同時に、傷ついた優輝の姿が頭を過る。それと同時に、朝花から聞かされていた優輝の過去も一華は思い出した。

「そいえば、先輩。過去に精神を壊れそうになっていたと、侭先生言ってた」
「あ、そうだった。でも、人の言葉とかを気にしなさそうな先輩が精神を壊れそうになるほどの出来事って、何?」

 真理も思い出すが、今までの優輝の言動や行動を見ていたため、首をひねる。そんな時、一華がぼそっと一言、呟き真理が顔を青くした。

「いじめ…………」

 一華の一言で、真理の頭には一つの光景が蘇る。それは、一華が水を浴び暴言を浴びせられていた時の光景。自然と拳が握られ、真理の中に怒りが蘇った。

 二人の会話を聞いていた曄途は話が見えず、戸惑いながら様子のおかしい二人に問いかけた。

「え、いじめ? まさか、あの黒華先輩がいじめられていたって事ですか? それこそ考えにくいのですが……。普通に返り討ちにしそう……」
「それは、確かに……。()()()()()()()()黒華先輩からでは想像すら出来ないと思う。でも、いじめはおそらく、昔から。小学校から起きていてもおかしくなかったと思う。私が、そうだったから…………」

 胸を押さえ、悲し気に目を伏せる。そんな彼女を見て、曄途は申し訳ないというような瞳を浮かべ、気まずさを誤魔化すように顔を逸らした。すると、真理が曄途について気になる事が出来問いかけた。

「そういえば、白野君は個性の花でいじめられたりはしなかったの?」
「あ、はい、僕の場合は背後が大きかったので、孤立程度で済みました」

 彼からの何気ない言葉に、二人は納得。真理は蘇った怒りを抑えるため、大きく深呼吸をした。

「孤立も孤立で嫌だけど………。それより、先輩が仮にいじめられていたとして、今更先輩をどうにかしようとか、普通ある?」
「偶然出会ってしまって、面白半分ではやりそうなんだよね。いじめっ子の考える事なんて心底どうでもいいし考えたくないけど」
「一華…………」

 一華から放たれたとは思えないほどの怨みが込められた言葉に、真理は顔を引きつらせ、曄途も何も言えず冷や汗を流す。

「まぁ、今はそんなことどうでもいいんだけど」
「どうでもいいんだ…………」

 またしても、一華からの予想もしていなかった言葉に真理はたじたじ。そんな彼女を無視し、一華は顎に手を当て考え込んだ。

「黒華先輩を白野君が見かけた時、一人じゃなくて元いじめっ子と接触してしていたんじゃないかな」
「え、マジ?」
「うん。だって、白野君が黒華先輩を見かけたのが屋上での出来事の放課後。その後から黒華先輩は学校に来なくなった。それで、次に来た時には傷だらけ。タイミングがおかしいよ。黒華先輩の様子もおかしかったけど」

 一華は思い出しながら頭の中で整理をする。彼女の推理を聞いている二人は納得したように頷き、曄途は優輝を見た時の光景を思い返す。

「確かに、僕は先輩の後姿を確認できただけです。前方に誰かが居たとしても、周りは建物に囲まれていたため確認のしようがありません」

 曄途の言葉に一華はまたしても考え込む。から

「まだ確実なものはわからないけど、もし今も黒華先輩がいじめっ子によって深い傷を負っていたとしたら、絶対にほおってはおけない。早く見つけないと」
「うん!」
「はい!」

 叫びに近い一華の声に、二人も同調するように力強く頷き、外へと走り出した。