一華は三年生の教室から走り、また屋上へと戻った。だが、扉を開ける事はなく、階段に座り込む。
 後を追いかけてきた真理と曄途は、座り込んでしまった一華の両脇に座り、安心させるように背中を撫でた。
 その時、お昼休みが終わるチャイムが鳴る。それでも、三人はその場から動かず、寄り添い続けた。

 何も話さず顔を俯かせていた一華がぼそっと、何かを呟く。何を言っているのか聞き取れなかった二人は、一華の口近くに耳を寄せた。

「なんで、個性の花だけで、あそこまで言われないといけないの。なんで、個性の花が薔薇と言うだけで、酷い事されないといけないの」

 一華も赤い薔薇が個性の花と言うだけで、いじめられていた。高校の時だけでなく、小さい頃から。
 真理と出会わなければ、一華はいじめられ続け学校になど怖くて行けていなかっただろう。

 真理は基本明るく、前向き。誰とでも仲良くしたいと思っていた子供だった。
 最初一華は、真理も警戒しており避けていたが、真理は諦めず、ずっと声をかけ続けていた。
 一華が周りから無視され、物を隠されいじめられていた時は、いじめっ子に文句まで言って助けてくれていた。

 真理は一華にとって救世主。ずっと一緒に居てくれるだけで一華は今も学校に行けていた。

 だが、優輝にはそのような救世主は現れなかった。
 家族だけが優輝を見放さず共にいたが、それには限界がある。
 家族以外の人と関わらなければいいと思うのも無理はない。

「私、なんで黒華先輩に告白されたんだろう。何で、私を好きになってくれたんだろう。もしかして、私が赤い薔薇と知っていて、好きでもないけど、助けようと思ったのかな」

 赤い薔薇の言い伝えは、薔薇を出す人から愛されなければ手から弦が現れ動けなくなる。それを知っていて、同じ薔薇を持つものとして哀れに思った。だから、助けようと思い告白をした。
 優輝が告白をした理由を詳しく話さないのも、哀れに思ったからとなると納得は出来る。

 そのように一華は考えた。だが、真理は一華の言葉に突如、激しい怒りが芽生え、彼女の前に立ち強く肩を掴んだ。

「っ、痛!!」

 強く掴まれ顔を歪ませた一華、顔を上げ真理を見る。すると、彼女の茶色の瞳と目が合った。
 怒りで歪めている顔で、真理は吐き出すように一華に放った。

「ばっかじゃないの、あんた」
「な、何が…………」
「今までの先輩を見てそう思うなら、あんたは本当に馬鹿だよ」

 怒りとはまた違った口調。今の言葉には、わずかな嘆きが込められていた。

「私は、一華が好き、大好き。だから、守りたいって思った、一華が大変な時は、辛いときは私が一番に助けて、一華を笑顔にしたいと思っていた」

 声が徐々に震え、俯いてしまった真理。目からは涙が零れ落ちていた。

「でも!! 誰よりもあんたを見ていたのは私じゃなかった!! 誰よりもあんたの事を理解しているのは私じゃなかった!! あんたを一番見ていて、大事にしていて。一筋に思っていたのは誰か、考えなさいよ!!」

 肩を大きく上げ、金切り声を上げ、真理は一華に本気で怒った。

 今まで真理がここまで声を張り上げ、怒ったことはない。曄途に優輝が酷いことを言ったと思い怒った時でも、ここまでではなかった。
 怒り、悲しみなどと言ったものが全て込められているような、悲痛の叫び。

 言い返そうと一華も口を開くが、真理がゆっくりと顔を上げた事により止まる。

「真理…………?」
「私、が。私が一華を一番見ていたと思っていた、守れていると思っていた。でも、一華が酷いことを言われているのに気づいたのは私ではなく、先輩だった。その場で解決して、一華に笑顔を戻したのは、先輩だった。私、ずっと一華と一緒に居たのに、気づけなかった…………」

 高校でも影で一華はいじめられていた。
 見えない所に痣が作られており、誰にも気づかれないように暴言も吐かれていた。それでも、一華は真理や他の人に心配かけないように平然を装い学校生活を送っていた。
 それに一番先に気づいたのは、出会って間もないはずの優輝。

 優輝は誰にも気づかれたくないと思っている一華の気持ちを尊重し、裏で手を回し迅速に解決へと持って行った。
 出会って間もないはずの一華の苦しみを理解し、見返りを求めず手を差し伸べた。

「先輩は誰とも関らない、誰とも話そうとしない。この言葉、京子先輩の話は嘘ではなかったと思う。教室内の空気が物語っていた……。そんな、他人に興味のない人が、一華の事を哀れに思ってと言う理由だけで、あそこまで行動しないよ。もっと、先輩を信じてあげようよ!!! 先輩の、一華への気持ちとかさ!!」

 真理が肩を上下に動かし、鼻息荒く言い切る。
 彼女の言葉に、一華は眉を下げ苦し気に歪ませた。

 目線を下げ、今までの彼の言葉や行動を思い出し考える。すると、横に垂れている拳が強く握られ、歯を強く食いしばった。

「…………私、黒華先輩に会いたい。会って、知りたい。黒華先輩の過去、なんで私に告白をしてきたのか。何で、私達と一緒に居てくれたのか。私、知りたい!」

 今にも泣き出しそうな顔を浮かべている一華の決意の言葉に、真理は白い歯を見せ笑った。
 真理につられるように一華も笑い、曄途は安堵の息を吐く。

「真理、ごめんね。そこまで真理に苦労かけていたなんて知らなくて」
「ううん。苦労なんて一度も思ったことないよ。私がしたいからしたの、私が守りたいから自分で決めたの。私、一華の笑顔が大好きだから」

 一華もその場に立ち上がり、真理の手を握り、空いている方の手で涙を拭いてあげる。
 お互い笑い合っていると、曄途も立ち上がり、二人に声をかけた。

「それでは、黒華先輩に会う為の行動を起こしましょう。おそらく、病欠だけではないですよ、学校に来ていないの」
「うん、確かに。それに、あの怪我も。多分階段から落ちたとかではないと思う」
「あれは誰かに殴られたりしたんだと思います。何とか隠していたみたいですが…………」
「うん、今も、どこかで絶対に苦しんでる。一人で抱えて、辛い気持ちを押し殺して。嘘の笑顔を浮かべているんだと思う」

 胸を押さえ、一華は苦し気に眉を顰める。

「一人になんて、絶対にさせない。必ず、黒華先輩を見つけ出してやるんだから!!」