「あぁ、これは階段から落ちたみたいだよ。意外だよね」

 ケラケラ笑いながら真理は簡単に説明するが、聞いた曄途は納得が出来なく、首を捻り優輝の怪我を改めて見る。

「ん-??」
「どうしたの?」
「いや、階段から落ちたのなら、なんで顔だけ怪我したのかなって思って」

 曄途から呟かれた言葉に、優輝は肩をビクッと上がった。
 それを一華は見逃さない。

「どうしたんですか、黒華先輩。今、肩がビクッてなったみたいですけど…………」
「え、そうか? 気のせいじゃないか?」

 笑顔でごまかそうとするが、焦りが滲み出ており、首筋に一粒の汗が流れ落ちる。
 その間も曄途は違和感を探すため、困ったような笑みを浮かべている優輝を見続けた。

「――――あ、体は打ち付けなかったんですか? 先ほどから見ている限りでは、体の方は大丈夫そうには見えますが……。無理してませんか? 腕とか足とか痛みませんか?」
「あっ、確かに。いつも先輩、長そで着ているからわからなかったけど、体を打ち付けているはずですよね。大丈夫ですか?」

 真理が優輝に近付き、手を彼の手に向けて伸ばす。
 その瞬間、優輝は顔を真っ青にし怯えたような表情を浮かべた。

「っ、やめろl!!!」

 叫びに近い声が屋上に響き渡る。
 先程まで明るかった空気が、彼から放たれた言葉で凍りついた。

 腕を掴まれる前に優輝が後ろに下がり、大げさに真理を拒絶した。
 彼は無意識だったため、自分の声に自分自身が驚き目を大きく開く。三人を見回し、気まずそうに目を泳がせた。

「あ、い、いや。確かに腕も少し打ち付けてな。触られると痛むんだ、だから、あまり掴まないでほしい」

 眉を下げ、困った様に笑う彼の表情を見た三人は、これ以上質問する事が出来ず「分かりました」と、納得したフリをする。
 これ以上の事を聞くと優輝を困らせてしまうと、すぐに話題を変えた。

「そうだ、もし良かったこれからは色々なところで写真撮らない? もちろん、先輩は怪我が治ってから!」

 真理の提案に、まだぎこちないが優輝がホッと胸をなでおろし警戒を解いた。

「そうだな。さすがにガーゼだらけの顔で写真は嫌だなぁ」

 真理からの問いかけに優輝はいつもの笑顔で返し、空気が少しだけ戻った。
 だが、一華と曄途は納得できておらず、眉を下げる。これ以上聞いても答えてはくれないとわかっていても、どうしても先ほどの優輝の顔が頭の中に張り付いて消えない。

 今まで飄々としていた彼の、初めて見た本気で焦っていた顔、あからさまな拒絶。
 彼の今までを思い出し、一華は胸がきゅうと苦しくなる感覚に思わず胸を掴む。

 少しの息苦しさを無視し、息を飲み頑張って笑顔を浮かべた。

「私も写真撮りたい! 思い出いっぱい撮ろう!!」
「うん! 沢山の思い出を撮ろう。今しか学生を味わえないんだからさ!」

 一華と真理は楽し気にこれからどこ行きたいとか、何を撮りたいなど。様々な話をし始めた。
 優輝は二人を見て微笑みを浮かべ、隣に立つ曄途は二人を見つつ横目で優輝を見上げていた。

「あの、先輩、本当に大丈夫ですか?」
「ん? あぁ、さっきは悪かったな。()()()()――――っ」

 言うと同時に、優輝は胃からせり上がるものを感じ目を開き口を押えた。
 顔を青くし苦しみ出す彼に、曄途は慌てて支える。

「ちょ、大丈夫ですか!? 先輩!!」

 曄途の叫び声に楽しく話していた二人は振り向き、優輝の様子を見て顔面蒼白。急いで駆け寄り支えようと手を伸ばす。だが、するりと避けられてしまった。

 優輝は自分を呼ぶ声を無視し、屋上から出ようと扉に向かい、震える体を支え最後に顔だけを振り向かせた。

「わりぃな、今日は体調がすぐれねぇからここで失礼するわ。またな」

 バタンと扉は閉じられ、階段を降りる音が聞こえ、やっと三人は我に返った。

「え、ちょ、先輩?! 大丈夫なの?!」
「大丈夫、では無いですよね。でも、追いかけることも許されないような……」

 三人は顔を見合せ考え込む。すると、一華は地面に落ちている黒い薔薇の花びらを見つけた。

 拾い上げ、太陽に透かす。綺麗に黒光りしている花びら、優しい感触が手に伝わる。

「黒華先輩…………」

 黒い花びらを見つめていると、急に突風が吹き荒れ、一華が持っていた花びらが空へと舞い上がってしまった。

「あっ…………」

 空に上がる花びらを見上げ、一華は胸を強く握る。
 胸から広がるもやもやや、何かが引っかかっている感覚。苦し気に顔を歪め、優輝が去って行った扉へと振り返った。

 嫌な予感が頭を駆け回り、今すぐにでも彼を追いかけなければならないような。追いかけなければ後悔すると、頭ではわかっているのに、体は動いてくれない。

「一華?」
「蝶赤先輩?」

 先程から黙っている彼女に呼びかけるが、聞こえておらず返答はない。

 不安が胸を占め、ぎゅっと掴む。目線だけは、屋上の扉へと向けられていた。