雨の中、傘を差さずに歩いている優輝は、ふらつく足取りで裏路地で一人、歩いていた。
 瞼が着れているのか雨に混じれ血がしたたり落ち、頬は赤く腫れている。口の中を斬っており、鉄の味が広がり気持ち悪い。

「はぁ、くそ」

 頭をがしがしと掻き、めんどくさそうに息を吐く。

「めんどくせぇもんに目を付けられたな」

 悩まし気に頭を抱え、足を止めた。頭に浮かぶのは先程の光景。


『おいおい、今までどこに行ってたんだよ。なぁ? 黒薔薇君』
『中学の途中で不登校になりやがって。”お友達”である俺達に何も言わないでいなくなるなんて、寂しぃじゃねぇか』


 ガハハッと言う、耳障りな笑い声が鼓膜を揺らし、優輝は耳を塞ぐ。ズルズルとしゃがみ、建物の間から見える暗雲を見上げる。
 振り続ける雨、この飴と共に今の気持ちや記憶を全て洗い流してくれればいいのにと。
 考えても意味もない事は優輝自身わかっている。だが、どうしても考える。

 自身の顔についた殴られた傷を摩り、ギリィと歯を食いしばった。

「…………黒い薔薇と言うだけで、なんで俺は昔からいじめられていたんだ。何もしていないのに、なんで俺の友人が俺を裏切る。何で…………っ!」

 苦し気に吐き出された言葉に追いかぶさるように、過去に言われた言葉が蘇る。


『お前と居たら、俺まで不幸になるじゃねぇか!! お前は大丈夫だと言ったくせに! この、嘘つき!!』


 元友人の最後の言葉が今、優輝の頭の中で繰り返す。
 今さっきの光景と過去が頭を埋め尽くし、耳鳴りが響く。耳を塞いでも意味はなく、頭を殴られたような痛みが彼に襲い掛かった。

 個性の花と言うだけで、優輝は昔からクラスの人にいじめられていた。
 最初は子供のいじめ。物を隠されたり、机に落書き。そのくらいなら優輝も我慢できていた。
 だが、友人だと思っていた人には裏切られ、いじめっ子には裏で小遣いをせびられ、渡すと殴られ、渡さなければもっと殴られる。


 ”黒い薔薇は悪魔の生まれ変わり””黒い薔薇は恨みや憎しみを表す”

 黒い薔薇は、黒い薔薇は――………


「っ、黙れ!!」

 全ての記憶を消すように、怒りと共に壁をドンッと殴った。

「何が、黒い薔薇だから、だよ。何が、黒い薔薇は、だよ。ふざけるな、ふざけるな…………。俺の事、見もしないくせに。俺の事を、知ろうともしなかったくせに!!」

 目の奥に潜む強い憎悪が炎のように燃え上がり、真紅の瞳に燃え上がる。


 いっそ、今度こそこの世から居なくなってやろうか。


 そう、頭の中に浮かんだ時、彼の思考をかき消すようにちりーんと、鈴の音が鳴った。
 同時に頭の中に描かれたのは、いつも隣で笑ってくれていた一華の姿。

 二人はまだ数か月しかいない。それでも、彼女の笑顔、声、言葉。すべてが彼を癒し、憎しみを和らいでいった。
 壁を殴った手を下ろし、その場に立ち尽くす。口元には微かな笑みが浮かび、胸を強く掴んだ。

「――――大丈夫、俺は、大丈夫だ」

 自分に言い聞かせるように呟いていると、突如、優輝の体が震え始めた。

「がっ、なっ」

 苦しげな声を上げ、息が出来ず苦しみ出す。
 胃からせり上げてくるナニカを抑える事が出来ず、優輝は口から大量の()()()()()()()()を吐き出した。

「なっ、これ…………」

 口の中に残る嫌な感触、苦い味。気味の悪い物が胃からせり上げ、すべてを吐き出す。

「これって、黒い、薔薇? なんで…………」

 苦しすぎるあまり涙を零し、喉を抑えながら地面に落ちる黒い花びらを見る。

「これ、黒い薔薇って、確か…………」

 過去、黒い薔薇は本当に悪魔と呼ばれていたのか調べていた時、偶然にも黒い薔薇の言い伝えについて触れる事が出来た優輝は思い出す。
 ギリィと、地面に振り落ちた黒い花びらを掴み、雨が降り注ぐ暗雲を見上げた。

「そうだ、思い出した。黒い薔薇は確か、悪魔と呼ばれ、嘘を吐き続けると、花吐き病が発症するんだったな」

 真紅の瞳は黒く濁り、光が消える。もう、何もかもどうでもいいと考え始め、優輝は立ち上がった。

「これじゃ、一華をおとすのは無理そうだなぁ」

 力が入らず、ふらつく足取りで優輝は歩き出す。
 地面に残された黒い薔薇を踏み、潰した。

 そのまま壁に手を付きながら、暗い闇の中へと姿を消した。

 ※

 雨が付し続けてから約二週間、やっと天候が回復した。
 今まで休んでいた太陽は顔を見せ、花鳥街を明るく照らす。

 太陽の日差しを浴び、屋上で一華と真理がシートを下に敷き、優輝と曄途が来るのを待っていた。

「今日、来なかったらどうしよう」
「そうなれば、まず黒華先輩を引っ張り出す」
「え?」

 真理の不安な声に、一華が力強く返した。
 おかずの卵焼きを乱暴に半分に割り、口の中に放り込む。
 なぜ彼女が怒っているのかわからない真理は、これ以上余計な事が言えず冷や汗を流しながら自分のお弁当をもそもそと食べる。

 二人が黙って食べていると、屋上に続く扉がキィと音をたて開いた。
 すぐに反応したのは真理で、顔を上げ扉を見る。そこには笑みを浮かべ、頬と右の瞼にガーゼを張っている優輝の姿があった。

「先輩!?」

 真理の驚きの声に一華も顔を上げ彼を見た、すると、手に持っていた箸を落とし、立ち上がり優輝へと駆けだした。

「いやぁ、ちょっと階段から落ちて顔面強打しちまってよ。病院行ってて学校にも来れてなかったんだ」
「そうだったんですか。あの、大丈夫なんですか?」

 一華は先程までの怒りを忘れ、優輝の頬に手を添える。優しく撫でている彼女の手を優しく包み、笑みを浮かべた。

()()()だ。心配してくれてありがとな」

 駆け寄ってきた一華の頭を撫でてあげ、安心させるように言った。
 隣に立つ真理が優輝を見上げ、何か言いたげに口を開く。だが、彼が「ん?」と振り向くと、気まずそうに口を閉じ顔を俯かせてしまった。
 それでも優輝に伝えたい言葉がある為、その場から動けない。

 彼女の様子に優輝は何かあったのか考えた結果、口角を上げ一華の頭を撫でていた手を下ろし何も言わず彼女に体を向けた。
 気まずそうに顔を上げ優輝を見上げると、やっと決心がつき息を大きく吸いこんだ。

「ご、ごめんなさい!!!」
「――――ん? 何が?」
「あの。私、先輩の事詳しく知らないのに、酷い事を沢山言ってしまいました。先輩にも何か深い考えがあるのに、私はそこまで考えずに、先輩の言葉を否定してしまいました。本当に、ごめんなさい」

 腰を深く折り、心からの謝罪をした真理を見下ろし、優輝はきょとんと目を丸くする。不安そうにしている一華はちらっと優輝を見た。
 いきなり真理から謝罪された優輝は何も答えず沈黙。その数秒後、突然吹き出したかと思うと笑い出し、お腹を抱えた。

「あーははははは!!!! ちょ、マジか、あはははは!! 待て待て、腹が痛い!! ひー!!!」

 涙を流し、お腹をよじり笑い出した優輝に二人は唖然。お互い顔を見合せ、真理は恥ずかしいのと怒りとで顔を赤くし、笑っている優輝に怒った。

「なんで笑うんですかぁぁぁぁぁあああ!!!!!!」

「もぉぉぉお!!」と、優輝の胸ぐらを掴みガクガクと揺らしていると、屋上の扉がまた音を立て開かれた。