「先輩、さすがに言い過ぎだと思います。何も、あそこまで言わなくても良かったと思います!!」
走り去った曄途を見て、真理が振り返り優輝に怒鳴る。一華は何も言わないが、真理と同意見で彼を悲しげに見た。
二人の視線を受けてもなお、優輝は表情一つ変えない。
「確かに言い過ぎたかもしれねぇな。だが、俺は事実しか言っていない。他人の気持ちなど、知ろうと知らなければわかるはずがないだろう。真実から顔を背け、逃げ続ける選択肢もあるが、それは自分の夢からも逃げた事になる。努力をしない奴に、夢を叶えるなんて妄想は、持たせるべきじゃねぇよ」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか! 今まで頑張って耐えてきた白野君を馬鹿にする発言ですよ!?」
「馬鹿にしていると、お前がそう思うのなら構わない。俺は思った事を言っているだけだからな」
金切り声をあげ、真理は優輝に怒りをぶつけるが、彼は淡々と返す。
何も態度を変えない彼に怒りが溢れ、横に垂らしている拳を強く握る。
歯を食いしばり、自分より背の高い彼を睨みつけた。だが、改めて見た彼の表情に真理は驚き、力が抜けこぶしが緩む。
今の彼の表情は無。だが、真紅の瞳は悲しげに揺れ、今にも泣き出しそうにも思える表情を浮かべていた。
「……確かに、先輩の言ったことが事実かもしれません。ですが、先程のは人に言う言葉ではありません。先輩は、人の気持ちを考えた方がいいと思います」
「なんで?」
「っ、え?」
「なんで人の事を考えないといけないんだ? 俺は思ったことを言うだけだし、やりたい事をするだけだ。ほしい物を手に入れるため努力するし、夢を叶える為なら何でもする。自分が助かる為なら、自分が欲しいと思うのなら。他人を陥れるなど、容易い事。人なんて、そういう生き物だろ」
真理を見つめる彼の瞳には、憎しみ、怒り、悲しみといった、マイナスの感情が宿り、憎悪の炎としてメラメラと燃え上がる。
その瞳の意味はなにか。彼は今、何を思って発言しているのか。曄途へ放った言葉の、本来の意味とは。
優輝について、二人はまだ知らないことだらけ。それはお互い同じこと。
彼に過去、何があったのか、今みたいな考えをしてしまう程の出来事があったのか。
人をそこまで恨むほどの出来事があったのか。
二人は彼の瞳を見て、何も言えなくなってしまった。
息苦しい空気が流れ、誰も話せなくなる。その空気に耐えられなくなり、優輝は頭をガリガリと掻き、何も言わず屋上を後にしてしまった。
残された二人もお互い口を開くことが出来ず、静寂な空間に休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「…………戻らないと、真理」
一華が真理に手を伸ばすが、握られることは無い。
顔を俯かせ、動こうとしない真理の顔を覗き込もうとすると、逃げるように体の向きを変え屋上をドアへと向かってしまった。
一華も遅れないようについて行こうとすると、真理が突然ドア付近で立ち止まる。
「一華、私は、間違えていたのかな……」
放たれた声は酷く震えており、一華は何も言えず目を逸らす。
言葉が出てこなくても、何かを言わなければならない。そう考え、一華は目線を泳がせ、迷いながら口を開いた。
「私も、分からない……。どちらも間違えていないし、間違えてる。正解なんて、ないと思う」
「…………そっか……」
一華の返答に一言返すと、今度こそ真理はその場から姿を消した。
ドアがパタンと閉じ、屋上に残った一華は立ち尽くす。
音をたて閉じられたドアを見つめていると、ゆっくりと震える手で胸を押え、苦しげにその場に崩れ落ちた。
「私、何も言えなかった……」
蹲る彼女の目から、透明な雫が流れ落ちる。
嗚咽を漏らし、一華は泣き続けた。すると、空が彼女の気持ちを表すように薄暗くなり、ぽたぽたと雨が降り出す。
雨粒は徐々に強くなり、辺り一面を濡らした。それでも、一華はその場から動けず、一人、泣き続けた。
放課後、曄途は優輝の言葉が頭の中に残っており、帰る為運転している執事を見た。
バックミラー越しに目が合い、執事は「いかがいたしましたか」と、問いかける。
「いや、何でもない」
目を逸らし窓を見ると、叩きつけるように勢いのある雨粒が街全体を濡らしていた。
いきなり降ってきた雨なため、傘を持っていない人が多く、鞄などを傘替わりに走っている。
必死には走っている人達を目で追っていると、見覚えのある黒髪が目に入った。
「あの後ろ姿って、黒華先輩? なんで、傘もささずに一人で路地裏に行こうとしているんだ」
今は繁華街を車で通っているが、歩道の方で店の隙間に入り込む優輝の姿があった。
なぜ一人で路地裏に行こうとしているのかわからず、目が離せない。
「お坊ちゃま、学校はいかがですか?」
「っ、ふ、普通だよ。特にいつもと変わらない」
「そうですか」
執事に曄途の声が聞こえたのか、バックミラー越しに彼を見た。
窓の外を見ている彼は視線に気づいてはいるがあえて気にせず、外を見続けながら答える。
執事の視線が外れたことが分かると、安堵の息を漏らす。
再度、優輝の姿を確認しようと目線だけを後ろに向かせるが、もう見えない程に車が進んでしまったため、なぜ彼が路地裏に行こうとしていたのかわからずじまい。
仕方がないと目を閉じると、屋上での会話がフラッシュバックし、膝の上に乗せていた拳が強く握られた。
「…………知ろうとしなければ、か…………」
ぼそっと呟かれた言葉は執事には届かず、問いかけられたが「なんでもない」と返した。
走り去った曄途を見て、真理が振り返り優輝に怒鳴る。一華は何も言わないが、真理と同意見で彼を悲しげに見た。
二人の視線を受けてもなお、優輝は表情一つ変えない。
「確かに言い過ぎたかもしれねぇな。だが、俺は事実しか言っていない。他人の気持ちなど、知ろうと知らなければわかるはずがないだろう。真実から顔を背け、逃げ続ける選択肢もあるが、それは自分の夢からも逃げた事になる。努力をしない奴に、夢を叶えるなんて妄想は、持たせるべきじゃねぇよ」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか! 今まで頑張って耐えてきた白野君を馬鹿にする発言ですよ!?」
「馬鹿にしていると、お前がそう思うのなら構わない。俺は思った事を言っているだけだからな」
金切り声をあげ、真理は優輝に怒りをぶつけるが、彼は淡々と返す。
何も態度を変えない彼に怒りが溢れ、横に垂らしている拳を強く握る。
歯を食いしばり、自分より背の高い彼を睨みつけた。だが、改めて見た彼の表情に真理は驚き、力が抜けこぶしが緩む。
今の彼の表情は無。だが、真紅の瞳は悲しげに揺れ、今にも泣き出しそうにも思える表情を浮かべていた。
「……確かに、先輩の言ったことが事実かもしれません。ですが、先程のは人に言う言葉ではありません。先輩は、人の気持ちを考えた方がいいと思います」
「なんで?」
「っ、え?」
「なんで人の事を考えないといけないんだ? 俺は思ったことを言うだけだし、やりたい事をするだけだ。ほしい物を手に入れるため努力するし、夢を叶える為なら何でもする。自分が助かる為なら、自分が欲しいと思うのなら。他人を陥れるなど、容易い事。人なんて、そういう生き物だろ」
真理を見つめる彼の瞳には、憎しみ、怒り、悲しみといった、マイナスの感情が宿り、憎悪の炎としてメラメラと燃え上がる。
その瞳の意味はなにか。彼は今、何を思って発言しているのか。曄途へ放った言葉の、本来の意味とは。
優輝について、二人はまだ知らないことだらけ。それはお互い同じこと。
彼に過去、何があったのか、今みたいな考えをしてしまう程の出来事があったのか。
人をそこまで恨むほどの出来事があったのか。
二人は彼の瞳を見て、何も言えなくなってしまった。
息苦しい空気が流れ、誰も話せなくなる。その空気に耐えられなくなり、優輝は頭をガリガリと掻き、何も言わず屋上を後にしてしまった。
残された二人もお互い口を開くことが出来ず、静寂な空間に休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「…………戻らないと、真理」
一華が真理に手を伸ばすが、握られることは無い。
顔を俯かせ、動こうとしない真理の顔を覗き込もうとすると、逃げるように体の向きを変え屋上をドアへと向かってしまった。
一華も遅れないようについて行こうとすると、真理が突然ドア付近で立ち止まる。
「一華、私は、間違えていたのかな……」
放たれた声は酷く震えており、一華は何も言えず目を逸らす。
言葉が出てこなくても、何かを言わなければならない。そう考え、一華は目線を泳がせ、迷いながら口を開いた。
「私も、分からない……。どちらも間違えていないし、間違えてる。正解なんて、ないと思う」
「…………そっか……」
一華の返答に一言返すと、今度こそ真理はその場から姿を消した。
ドアがパタンと閉じ、屋上に残った一華は立ち尽くす。
音をたて閉じられたドアを見つめていると、ゆっくりと震える手で胸を押え、苦しげにその場に崩れ落ちた。
「私、何も言えなかった……」
蹲る彼女の目から、透明な雫が流れ落ちる。
嗚咽を漏らし、一華は泣き続けた。すると、空が彼女の気持ちを表すように薄暗くなり、ぽたぽたと雨が降り出す。
雨粒は徐々に強くなり、辺り一面を濡らした。それでも、一華はその場から動けず、一人、泣き続けた。
放課後、曄途は優輝の言葉が頭の中に残っており、帰る為運転している執事を見た。
バックミラー越しに目が合い、執事は「いかがいたしましたか」と、問いかける。
「いや、何でもない」
目を逸らし窓を見ると、叩きつけるように勢いのある雨粒が街全体を濡らしていた。
いきなり降ってきた雨なため、傘を持っていない人が多く、鞄などを傘替わりに走っている。
必死には走っている人達を目で追っていると、見覚えのある黒髪が目に入った。
「あの後ろ姿って、黒華先輩? なんで、傘もささずに一人で路地裏に行こうとしているんだ」
今は繁華街を車で通っているが、歩道の方で店の隙間に入り込む優輝の姿があった。
なぜ一人で路地裏に行こうとしているのかわからず、目が離せない。
「お坊ちゃま、学校はいかがですか?」
「っ、ふ、普通だよ。特にいつもと変わらない」
「そうですか」
執事に曄途の声が聞こえたのか、バックミラー越しに彼を見た。
窓の外を見ている彼は視線に気づいてはいるがあえて気にせず、外を見続けながら答える。
執事の視線が外れたことが分かると、安堵の息を漏らす。
再度、優輝の姿を確認しようと目線だけを後ろに向かせるが、もう見えない程に車が進んでしまったため、なぜ彼が路地裏に行こうとしていたのかわからずじまい。
仕方がないと目を閉じると、屋上での会話がフラッシュバックし、膝の上に乗せていた拳が強く握られた。
「…………知ろうとしなければ、か…………」
ぼそっと呟かれた言葉は執事には届かず、問いかけられたが「なんでもない」と返した。