桜が舞い散る季節、一人の女子生徒が高校の校舎裏にある、花壇近くに座り込んでいた。

 腰まで長い赤い髪がきらきらと太陽により輝き、漆黒の瞳はカラフルなチューリップが咲いている花壇に向けられていた。
 汚れてもいいようにジャージ姿、手には軍手がはめられ赤いシャベルが握られている。額からは汗が流れ、口元には笑みが浮かんでいた。

「ふぅ…………」

 手入れが終わり花壇を見ると、すぐに首を傾げ、何かが物足りないなと考える。

「あ、そうだ」

 何かを思いつき、軍手を取り、右の手のひらを広げる。すると、手のひらから赤い花びらが現れ、一輪の赤い薔薇が彼女の手に握られた。

「赤色が足りないのかも。もっと増やしてみよう」

 手から生み出された赤い薔薇を花壇にうまく入れ、遠くに離れ全体図を見る。

「よしっ!」

 小さくガッツポーズをし、満足したように鼻を鳴らした。
 花壇の近くに置かれているじょうろに駆け寄り、零さないように両手で持ちふらつく体を支え、花壇に少しずつ水を注ぎ始めた。

「元気に育ってね」

 じょうろの中に入っていた水を全て注ぎ終え、息をつく。帰る準備を始めようと歩き出すと、急に足に痛みが走り顔を歪ませた。

「いっ!」

 痛みの反動でバランスを崩し、後ろに体が傾いてしまった。


 ――――――――っ!!


 小さく息を吸い、衝撃に備え咄嗟に目を閉じた。だが――――…………


 ――――――――フワッ


 痛みに備えていたが、感じたのは優しい温もりと、抱きしめられる感覚。同時に聞こえたのは、低く、甘い声。耳元で囁かれ、ゆっくりと目を開け後ろを見た。

「おい、大丈夫か?」
「っ、あ、貴方は――……」

 彼女を抱きしめているのは、一つ上の先輩。
 耳が隠れるくらいの黒髪に、前髪から覗き見える真紅の瞳が彼女の顔を映し出す。口元には笑みが浮かび、優しげな表情で女子生徒を見下ろしていた。

「ん? その反応……。俺のこと知っているのか?」
「あの、もしかしてですが。花鳥高校の三年生、一匹狼と呼ばれている黒華優輝(くろはなゆうき)先輩ですか?」
「名前はあっているが、なんだその、一匹狼って。中二病か?」

 苦笑を浮かべ、空いている方の手で頭を掻いて彼女を見下ろしているのは、花鳥高校では知らない人がいないと言われているほど有名な三年生、黒華優輝。
 見た目は美しく、目を奪われるほどの美貌を持っているが、一度口を開けば遠慮のない言葉が次々と放たれ、誰も声をかけられなくなった。

 他人になど興味が無いと言わんばかりに一人で過ごす事が多い彼が、なぜ今、校舎裏にいるのか。なぜ自分が抱きしめられているのか。疑問が次々浮かび、真紅の瞳から目を離す事が出来ない。
 拘束されているかのように動かない体は、素直に腰に回されている彼の手を受け入れる。

「そんなに俺を見つめてどうした? まさか、俺のこの美貌に惚れたか?」
「っ、そんなことありません! 離してください!」

 優輝の言葉によりやっと拘束が解かれ、彼女は顔を真っ赤にしその場で暴れる。だが、またしても足に痛みが走り、顔を歪ませた。

「ん? 足、痛いのか?」
「っ! 大丈夫です!」

 彼女は反射的にそう返した。
 焦ったような顔を浮かべている彼女を見た彼は、少し考えた後、口角を上げ彼女の顔を覗き込む。

「なぁ、お前の名前を教えてくれ」
「はぃ??」

 先程から優輝が何を考えているのかわからず、困惑。眉を顰め、口をパ宇久拍と金魚のように動かした。
 聞きたい事、言いたい事があり過ぎて、逆に言葉が出ない。

「おい、名前」
「え、あ。私は蝶赤一華(ちょうせきいちか)……ですが…………」

 優輝の圧に負け、一華は素直に名前を伝えた。

「一華、一華か。わかった。あんがとな」

 礼を言うと、やっと一華から手を離し、優輝は距離を取った。
 やっと解放された一華は安堵の息を吐き、胸をなでおろす。早くこの場から去ろうと地面に置かれていたシャベルと、落としてしまったじょうろを拾おうと手を伸ばした。だが、一華より隣から伸びてきた手の方が早くじょうろを拾う。

「え、あ、あの! さっきから何なんですか!!」
「お前が俺の話を最後まで聞かずに去ろうとするからな。これ、大事か?」
「大事です! 使った記録を付けているので、ないと困ります!」
「なら、俺の話を最後まで聞いてもらおうか」

 耳に付けているリング状のピアスを揺らし、舌を出し相手を挑発する。
 眉間に皺をよせ、彼の次の言葉を警戒した。

「な、なんですか?」
「単刀直入に言う。お前、俺の彼女になれ」

 離れた距離を詰め、一華の顎を掴み無理やり目線を合わせ言い放った。

 何を言われたのか、何をされているのかすぐに理解出来なかった一華は、直ぐに答える事が出来ない。だが、すぐに頭がフル回転し、顔を真っ赤にして甲高い声を響き渡らせた。

「結構です!!!!」