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そして宇宙船は地球を出た。
大量の酸素ボンベと15万トンの保存用パン、もっとたくさんの栄養剤、3万人の人を乗せて。
やがて宇宙船は、太陽系、天の川銀河を出て、人類が住める星を見つけ出した。
地球よりは遥かに少ないものの水がある。
地球よりは薄いものの酸素がある。二酸化炭素がとても少ない。
地球よりは小さいけれど、しっかりと星として存在していた。
それがこの星、ステラだ。
そしてシェルターをロボットに建設させ、人々は各棟に振り分けられて厳重に管理されつつ住んでいる。
それが、私の今いる現状だ。
誰がどこにいるのかと言うのは個人情報として教えらていない。
だからと言って各部屋のドアをいちいちピンポンしていくなんてそんな馬鹿なことする人はいない。どんな人が住んでるかわからないし、そんなことするわけないよねという暗黙のルールがある。
他の棟へ行くのにも感染症対策や犯罪防止のため厳重な検査がある。
書類もたくさん書かなきゃいけないし、理由も書いて納得されないといけない。
つまり基本、禁止ということだ。他の棟にどうしてもいかなきゃいけない理由なんてあるわけない。
こんな星でお金なんてあるのかと思うかもしれないが、なんとびっくりお金が使われているそうだ。
そもそもたくさんの人が亡くなってその人達の遺産を受け継いでびっくりするほど金持ちになった成金がやはりたくさんいた。
使い道としては基本娯楽だ。
スマホはネット回線が無い中ただのゴミ。テレビもないし遊ぶ場所なんてあるわけない。
流石にそんな状態では反抗されるだろうと思ったのだろう。PMSAは娯楽施設を申し訳程度に作っていた。
まず一つ。温室。
地球の植物が植えられていて、『まるで地球にいるかのような体験を!』と言うアホらしいキャッチコピーで運営されている。
二つ目。映画館。
こっちもやはり地球の歴代のヒット作をかき集めてきたらしい。そんな容量があるならリカを乗せてくれと何度思ったことか。
どちらもとんでもない大金を支払わなければならない。でもそもそもお金の価値が下がってるので価値としてはそんなでもないんだけど。
お金を使うなんて思ってなくてお金を持ってきてない人も多いようで、お金を持ってきた人が金持ちというなんともよくわからない状況だ。それでセレブ顔されても…という感じである。
そもそもその利用料を集めてPMSAは何をしたいんだろうと思うのだが。お金があっても物がないからあったところで、なんだが。集めたお金は溶かして物資にしてたりするんだろうか。そしたらお金の方向は一方通行だからいつかなくなるんだろう。
各部屋に取り付けられたラジオは緊急連絡用らしい。そんなこと言ってもたいして何もないだろうとも思う。時々何か一芸に秀でた人が申請してラジオ番組を組んでたりするけど正直あんまり面白くない。
まあ私はお金は持ってこなかったしリカもいないのでとても暇。
毎日毎日ぼーっとしてるのにも飽きた。
一人しりとりしてみたり、1から順に2倍し続けてみたり、どこまでできるかチャレンジ的なのも思いつく限りやってみたけど飽きた、と言うかなんか虚しいしつまらない。
だってどれだけすごい記録が出たって「ねえすごいくない!?」って話す人がいないんだもん。リカにこう言うのを言うと大体機械だから3倍以上の記録で返してくるんだけど。
建物内ってなんかあるのかな。なんもないよね多分。外出よう。建物内を歩くのは禁止されてないはず。
前に一回出ようとしたんだけどドアを開けたら同じ景色がひたすら続いていて迷いそうだったから諦めたんだけど、流石にもう限界だ。
扉の外に出ると真っ白な廊下が伸びていた。同じ大きさの扉がひたすら等間隔で並ぶ。
ドアが閉まりきってなかったので手を当てて閉めると薄いブルーの光が浮かび上がった。
〈F-3205-4〉
どうやら部屋番号のようだ。
試しに向かい側のドアに触れてみるとまた同じように番号が浮かんだ。
慌てて部屋の中に入り、部屋番号をメモしてポケットに入れた。これなら迷わない。
左を向くとロボットが移動する用のエレベーターがあるだけで横の機械を見る限り認証システムがあるので私は乗れなさそうだ。
なので右に進む。
廊下を何回か曲がって行くと突き当たりになった。そしてその突き当たりにあるドアだけグレーだった。
なんでだろうと思いドアに触れてみると青い文字が浮かんだ。ただ今度は記号ではなくなんらかの言葉が浮かんだ。
〈非常階段〉
翻訳イヤホンが目についた言葉は翻訳して耳に入れてくれるのでその文字が非常階段だと分かった。
こんなところに非常階段?多分他の場所に行くことを想定していないから奥まったところにあるんだろう。こんな申し訳程度の階段、あってなんなんだろうか。っていうかどこに繋がるんだろう。外には出れないし行き止まり?
一階に行ったら本部への連絡通路があるらしいけど本部に行くには申請がいるので机の上にある無線電話機を使って許可をもらい、時間になったらロボットが案内係としてやって来るらしいからエレベーターだろう。ロボットに足はないから。
ドアを開けて中に入る。
階段というより非常階段のようだった。
扉を開けたところは踊り場で、ここが最上階らしく下行きの階段だけがのびていた。
トントントン
静かな階段にわざと響かせるようにして踵を鳴らす。
新品の建物の匂いがした。さすがにまだホコリは積もっていない。
途中踊り場にいくつか扉があったけど多分他階への扉なので開けなかった。
1番下まで行くと行き止まり。何もなかった。
まぁ、そうだよね。
ちょっとがっかりするけど何かある方が逆にびっくりだ。
でも誰もいないし縦には広いし、結構いいかも。
少なくともあの密室でじっとしてるよりかはずっといい。
「────♪」
声を響かせてみると綺麗に反響した。思いっきり歌うのもいいかもしれない。
私は結構歌うのが好きだ。
別にそんなとりわけうまいと言うことでもないけれど、歌うこと自体が好き。
リカは私が歌うと喜んでくれて、リカのためにちょっぴり作曲もどきもした。
メロディ、なんだっけな。
しばらく歌っていないから頭の中で不安定に浮かんでいた曲の情報は更にうやむやになっていた。
なんとなくこんなメロディーだった。ここの音がしっくりこない。ここ、歌詞違くない?
そんなふうにして記憶をたぐり寄せていくと音のパズルピースがピッタリとはまった。
あ、これだ。
「────♪──♫───♩」
遠くに響くように。
もしかしたらリカに聞こえて、「朝日!」って呼んでくれるんじゃないかなんて期待するように。
でもやっぱりリカはいない。そりゃそうだ。当たり前だ。
だけど。
私はどこかで期待してたらしい。
私の目からまた涙がひと粒、こぼれた。