三


ちょうど、彦根城の桜が満開を迎えたのと日付が重なった。

依頼があってから数日後。春麗らかな温かい空気のなか、結衣は、市外にある大学構内へと来ていた。

依頼人・竹谷未央の通う学校だ。
その敷地は相応に広く、ビルのような校舎がいくつも立ち並ぶ。

コンビニや、本屋、食堂なども点在していて、グラウンドや中庭まである。
校内だけで生活できそうなほど、施設は充実していた。

マンモス大学というわけではないが、生徒の数も相応に多い。

普段人気の全くない神社で過ごしている身からすれば、

「……ここにいる人たちがみんな神社に来てくれたらいいのに。若者のパワースポットとかってバズったりしてくれたら素敵じゃない?」

こう桜色の妄想を展開せざるを得なかった。

食堂内の席に腰を落ち着け、出入りする人の流れを眺める。そこからすぐの注文コーナーには、行列ができていた。ごくまれにではあるが、妖が混じっていたりもする。

「いっぺんにこの量が来たら、床が抜けると思いますよ」

横に座っていた恋時が、陰りのない笑みで言った。悪意は一切ないのだろうが、皮肉たっぷりに聞こえる。

「そ、そんなの、うちだけじゃないでしょ」
「と言いますとたとえば?」

「……えっと。隣の横野寺だって、これだけ来たら床の一つや二つ」

結衣は苦し紛れに反論するのだが、カチャカチャという軽い音が、断続的に割って入った。
音が鳴る方を、ちらりと見る。

「卵、ふわふわや! それに、中のケチャップライスにちゃんとチキンが入っとる!」

そんな視線はお構いなし。

大皿を抱え込んで、無我夢中にオムライスを掻き込んでいるのは、犬の妖であるハチだ。

はじめは外出すると告げても、ものぐさな様子の彼だった。けれど学食があると伝えるや、飛んで跳ねてついて来た。

「……悪かったわね、豆腐で代用して」
「悪いとは言うてへんで? あれはあれで味があったけど、やっぱし本家も食べたうえでのアレンジやがな」

「安かったから食べるのはいいけど、本題忘れないでよ。あくまで竹谷さんのお祓いをするために来てるんだから」

結衣は、口元に手をかざす。

人間の姿になっているハチは、普通には見えない。公然と喋ってしまえば、さらに変な注目を集めるに違いなかった。

さらに、というのは既に視線を感じているから言う。

「……本当目立つよね、伯人くんがいると」
「ん? 俺の格好おかしいですかね? ちゃんと洋服も着て、髪も黒く短く見せているのですが……。この手提げが桃色だからでしょうか。お気に入りなのですが」
「うちに来た時からそれ持ってたよね」

 少し縫った跡の残るトートバッグだ。

不思議なことに、根付けのウサギが持っていたものは白い袋とは、色が違う。

けれど、なんとなしに、懐かしい心地にさせられるのは、そのくたびれ具合のせいだろうか。

「たしかにちょっと乙女っぽいけど、そういう話じゃないと思う」

ではどういうことかといえば、見目麗しすぎた。野原に一輪挿しの白薔薇、とでも言おうか。

見た目だけならば、服も髪も目の色なんてものまで、自在に変えられるらしい。
結衣は、

「文学部で、街歩きサークルにいそうな大学三年生。普段の友達は五人くらい」

と詳細なリクエストをして、彼もネットを駆使してそれに応えてくれたのだが、そもそもの潜在的な魅力が違った。
巷の大学生では発しえないような色香が、むんむん漂っている。

と、途端に彼の肩がいかりあがった。

近くの席に、未央がやってきたからだ。

サイドテールに髪型を変えたようだが、前と同じ赤のストールを巻いていたからすぐに分かった。
女子二人で、テーブルを挟む。

「わー、未央のうどん美味しそう!」
「そっちの生姜焼きもこってりしてて良さそうだけど?」

ランチを取りながら、賑やかしい会話が展開されていく。

自分と同年代なのが、疑わしくなるほどだった。荷物も服装も、結衣なりに大学生らしくを心がけたのに、なにかが違う。
彼女たちは、大学生特有のきらきらオーラに溢れていた。

それと同時に、背中の化け妖は禍々しくもあるのだけど。

前よりも一層、妖しさが増しているように思う。

「友達とも仲良さそうに見えるのに。どうして化け妖なんて憑いちゃったんだろ」
「そうですね。でも、見えるだけの話で言うなら、周りから見た俺と結衣さんは番そのものでしょうね」

「……な、なにを言ってるの! それに番って言い方! 動物みたいに言わないの!」
「あぁカップルって言うんでしたっけ? アベック? ……あ、夫婦でしたっけ」

恋時ときたら、笑顔でなにを言い出すのか。

表情が一ミリも変わらないので、まるで思考が読めなかった。

「怖い顔しないでくださいよ、結衣さん。ま、要は見かけはあてにならないってことです」

結衣はため息ひとつで諦めて、再び未央たちを見る。

昼休みから放課後までは好きに観察してくれていい。本人には、そう許可を得ていた。

放課後は、校内で開かれるお花見でサークルの友人に極秘サプライズを仕掛ける予定だから、避けてほしいとのこと。
イベントサークルらしい行事なのかもしれない。

「関西のうどんって、関東のより味があっさりしてるんだよね」
「あ、分かる。あと札幌のは麺にもう少しコシがあるのさ! 春休みに帰った時食べたけど、もう全然違う!」
「へぇ帰省した時に。いいなぁ私もう一年帰ってないよ」

東京出身の未央と、北海道出身らしい彼女の友人。

互いの地元トークが盛り上がるのをうっすらと耳に入れていたら、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。