座布団を敷き、お茶を煎れて待つ。二人が来るタイミングは、濃くなってきた妖気で分かった。

恋時が結衣の隣に回る。未央と対面に座る形で、まずは自己紹介を交わした。

「竹谷さん。今回はどういった理由で、ご依頼いただいたんですか?」

次に、話を伺うことにする。

人や妖によりけりだが、会話するだけで気が晴れ、お祓いが完了してしまう場合も結構あるのだ。

未央は眉間にシワを寄せる。
とても重大な悩み事を打ち明けるかのように、口を開いた。

「それがですね。……実は、大学の友達が、みんな彼氏作っちゃったんですよ」
「……へ? それは、なんというか……はぁ」

わざわざお金を払って縁結びにくるにしては、微妙な理由だ。
反応に困っていると、彼女は続ける。

「あたし、関東から関西に去年出てきて、春から大学二年生になりました。一年目は努力努力で周りに馴染むことができたんですけど……。
 女子って、彼氏ができたらみんなそっちを優先しちゃう。もちろんその気持ちは分かるんですよ? って宮司さん何歳? 歳近いなら分かるんじゃない?」
「えっと、ま、まぁクラスに何人かそういう子はいたような……?」
「でしょ! まさにそれなの。このままじゃ一人になっちゃうと思って」

未央は熱く語り、上半身を迫り出す。
結衣は、遠慮がちに身体をのけぞらせた。

かなり押し込みの強いタイプのようだ。
神社に依頼をくれるくらいには悩みがあるとはいえ、化け妖に心を乗っ取られ、塞ぎ込んでいる風には見えない。

「だから、あたしも彼氏作らなきゃなと。ちょうど入ってるイベントサークルの先輩にアピールされてたりもするので」
「あれ、もう候補の方がいらっしゃるんですね? それじゃあ今回は、その方との縁結びを祈願したいってことですか」

「えっと、その辺はまだアバウトで。別にすごい好きってわけでは正直ないので、他の人でもいいんですけど。でも好きとか嫌いって時間が経てば分からなくなるし……」

消え入るように言ってから、未央はにかっと奥歯までを見せた。

「恋愛感情を抜きにしたら、先輩はいい人なので。だから、一回付き合うのもいいかなって最近思い始めて。たとえば…………会うと、いつもお菓子くれたりするんですよ!」

それは高評価すべきポイントなのだろうか。なんだか大阪のおばちゃんみたいだ。知り合いならば無差別に配っていそう。

思いはすれど、相槌だけを打つ。

「だからこの間、はじめて先輩からのデートのお誘いを受けたんです。でも、それがどうしてもうまくいかなくて」
「……というと?」
「あたしが待ち合わせ時間を間違えたり、向こうが迷子になったり、とにかくなぜかうまくいかないんです。二回目も、三回目も、そんなことが起きて。だから、もしかしたら呪われてるのかと思って、こうしてお祓いにきてみました!」

ぱっと一瞬にして広がる笑みは、単純な思考かつ無自覚を示している。

まぐれだろうけれど、大正解だ。

見えるサイドの人なら、近づくだけで気圧されるほどの大物が、彼女の背後には憑いている。

恋時などは、慄きっぱなしだ。さっきからまるで、剥製の置物かのように固まっている。

乱れのない笑みは崩れていないようだが、よく見れば頬は少し引きつっていた。普段のトーク力は高い彼だが、今は使い物にならなそうだ。

ふと気になって、結衣は尋ねる。

「八羽神社を選んでくれたのはどうして?」
「ネットで色々見てたら、費用の安さとか、効果の高さとか、一番伝わってきたんです! 地域最安、最上級かつお手軽なお祓いだって謳われてましたよねっ!」

……あまりに誇大しすぎではなかろうか。

電車広告もびっくりの強気な書きぶりだ。

結衣は、置物化していた彼にじっとりした視線を送る。

「な、なにのことやらさっぱり分かりませんね」

恋時は、額に汗を浮かべていた。外れた音程の口笛が、堂内に響く。

安かろう悪かろうではない自負こそあれ、お手軽だなんて口が裂けても言えない。今回はとくに。

話はすらすらと聞き出せたのに、化け妖は姿を見せることさえなかった。今、お祓いの儀をやったところで、のれんに腕押し。仮初の効果もないだろう。

「それで、これからお祓いしてくれるんですよね! 楽しみだなぁ」

未央は、ぱぱっと済ませてもらえる気満々という風だった。
コンビニ感覚なのかもしれない。

どうしたものか。結衣は眉間にシワを寄せて考えを巡らせる。
思いつきで、できるだけ声を詰めた。

「……大変言いにくいのですが、結構大仕事になると言いますか。未央さんの場合、このままではお祓いをしても、あまり効果がないんです」
「えっ、それはつまり……」

「たぶん、その、お察しの通りです」
「じゃあ本当になにか憑いてるってことですか!? どんなのが!?」

未央は、口を半開きにしたまま、何度も瞬きをする。

憑依されている事実を伝えるとき、ほとんどの人は信じてくれない。
だが、彼女はすっかりその気になっていた。

「怖いっ! 怖いけど、ちょっと会ってみたいかも! 私、文学部で歴史を専攻してて、そもそも妖怪に興味があって研究したかったりして──」

青ざめてみたり、赤くなってみたり、感情の波がしけた海のよう。

このままでは未央に振り回されるがままに脱線し続けて、航路を見失いかねない。とにかく、と結衣は強引に話を締めにかかる。

「一日でいいので、竹谷さんの学校生活を覗かせていただけたりしませんか? それで、どうにかお祓いの糸口を探ってみますので!」

少々省きすぎたみたい。
未央は髪を左肩に落として、きょとんと首を捻る。

「そんなことがお祓いに繋がるんですか?」
「はい、とっても。お祓いをするためには、どんな形であれ、竹谷さんの身体から、少しでも妖が姿を見せる状態まで持っていく必要があるんです。
 憑かれるのには、理由があるはずです。それを日常生活の中から見つけられれば、妖を引きずり出すきっかけになります。とまぁ、そんな感じなんですけど……」

 うまい説明は毎度、関門だ。

「えっと、とにかく極力、迷惑はかけないので!」

こうなりゃ無理を通すしかない。結衣は、両手をついて頭を下げる。反則技に等しい強引さだが、しょうがない。
訳は分かってなさそうだったが、未央は了承してくれた。