──それから数日後。

九月上旬の土曜日、八羽神社は記念すべき例大祭当日を迎えた。

一年間、この日をどれだけ待ちわびたことか。どれだけ大変なことを乗り越えてきたか。そんな感慨に浸りたいところだったが、現実は甘くなかった。

恋時と二人きりの社務所、

「……閑古鳥が鳴いてるね、伯人くん」

少ない人足を前に、結衣は思わずこぼす。

一応お祭りの形を取れてはいるが、目指していた大々的なものとは、ほど遠い。

後になって判明したのだが、あの夜の事件の際、鎮守の森だけではなく、境内の中も多少なり荒らされていたのだ。

どうも黒猫又の強大な妖気にあてられた他の化け妖が、八羽神社に吸い寄せられていたらしい。

せっかく修繕したはずの廊下にまた雨漏りを見つけた時はさすがにショックで、たっぷり五分、その音をじっと聞いてしまった。

寝床でも、夢に聞いてしまったほどだ。

そんなこんなで後処理に追われ、なかなか祭りの準備に手が回っていないこともあった。

誘致できた屋台は、ぽつんと数軒。
きらびやかに飾る予定だった境内の装飾も、ろくに用意できていない。

「仕方ありませんよ、結衣さん。そのうえ、あの夜の騒ぎが、町で噂になってしまったんですから」
「言われてみれば、結構がちゃがちゃやっちゃってたもんね」

「えぇ、一部では『やはりあの神社は幽霊が出る』、『あの山は怨霊が住んでいる』ともっぱらです」
「なんなら昨日なんて、肝試しにこられちゃったよ。あはは……」

面白半分でやってきた高校生たちが、結衣の顔を見るや、お化けだ~と蜘蛛の巣を散らすように逃げていったのは、なんとも空しいワンシーンだった。
お化けではなく、宮司だ。

実際、たしかに八羽神社には妖が住んでいる。山にはたしかに化け妖もいた。

けれど、今はすっかり妖にもどって、あの小屋を拠点に、猫又たちは二人暮らしを始めている。

再会の願いが叶って消えてしまうかとも思ったが、彼らが望んでいたのは、それだけではなく、より高い次元の幸せだったらしい。

つまり今あのボロ小屋は、神聖な愛の巣とも言える。

「伯人くん。神様なら超常的な力でどうにかできないの」
「無理ですよ。邪神も言っていたでしょう? 現世にくると、力の大半は使えなくなりますから。……まぁでも、一つだけ方法はありますよ」

恋時がぴんと立てた人差し指を、結衣は捕まえる。

「乗った! どんなお話?」
「これから宣伝に行くんですよ。そうですね、今日は派手に烏帽子まで召して正装で行きましょうか。神輿を担いで」

……そうっと結衣は指を離して、彼との間に一人分距離を取った。
ちょうど、熱量の差を表す分のスペースである。

「ほ、本当に言ってる?」
「えぇ、大真面目に言ってますよ。神事の延長戦だと思えばいいのです。その愛らしくも凛々しいお姿で街の人たちを魅了してしまいましょう」

「おだてたら、なんでもすると思ってるよね!?」

恋時は、全てを見透かしたかのよう、不敵に笑いこぼすのみだった。
ぽかぽかと背中を叩くが、一切譲る気はないらしかった。

「さて、準備にいきましょうか」

恋時は、途端に銀の髪を、美しい黒へと変える。
衣装も瞬く間に、着流しから、平安時代の貴族かのごとく束帯にすり替わった。

目立つ気満々、宣伝する気満々だ。
あ、また目が黄金色に変わっている。

こうなったら、もうなにがあっても止まらない。
それはこの半年で学んでいた。

「仕方ないなぁ、もう」

どうせなら、やってやる。そんな思いで、結衣は両腕を突き上げる。

やっぱりまだお金も人もこない。
妖ばかりが集まってくる。


けれど、きっといつかは立派な縁結び神社。