ハザードを焚いて合図をくれた、薄川の車に乗り込む。
父と近所の家の子、微妙な関係のぎこちない挨拶が交わされたあと、

「すいません、急に来てしまって。帰りは責任持って、俺が送りますんで」
「気を遣わなくていいさ。一応、事情は書き置いてきたからね。あとで、神社の方には説明しておくよ。残業続きだったから、それくらい許してくれるはずさ」

車は古都の道を引き返していく。

時刻は、もう0時をとうに回っていた。夏の早い夜明けを思えば、あまり猶予はない。落ち着けずに結衣は、シートから腰を浮かし、フロントガラスの先に目をやる。

「結衣、そう不安がることはないよ」

後部座席で父は、袴装束をの襟元を振って扇ぎながら、どことなく楽観的だ。薄川に許可を取って、靴を脱いでもいる。

「あの人は、伯人さんは、そう簡単に身体を乗っ取られないだろうからねぇ」
「え。お父さん、伯人くんのこと知ってるの」

結衣は思わず後ろを振り返った。
そういえば、さっき説明に窮して彼の名前を口にした時も、誰とさえ問われなかった。

「知ってるも知ってるさ。昔、彼には大層世話になった。ピンチの時にちょっと現れて、直接力を貸してくれたくらいだけどね」
「……知らないよ、そんなの」

「それこそ、あの小屋に化け妖を封印したのだって、彼の手伝いあってのことだな。あまりに強大な化け妖だったから、その時は、彼の力を借りても祓いきれなかったんだ。
 だから、仕方なくあの小屋に封印した。
 結衣に森へ入るな、って言ってあったのもそのためだ。子どもだったら、遊び半分で、下手に小屋へ触れちゃうかもしれないだろ?」

新情報の多さに、結衣は目が回りそうになる。
後ろを向いていたのもあって、酔いそうだ。

一度座り直して呼吸を整えるが、すぐに「えぇ……」と驚きが漏れる。

「そんなこと聞いてないよ。なんにも知らないって伯人くん言ってたし」
「まぁまぁ。それは、彼にも事情があるんだよ」

いつか恋時がはぐらかした時と、似たような受け答えだった。
首を捻って数秒後、ぴんとくる。

「もしかして伯人くんの正体知ってるの? なにから生まれた妖なのか分かるんだ?」

結衣は真剣だったのに、バックミラーに映るは、大口を開けて笑う父。
ちょっと、むかっときた。

「なんなの、どういうこと」
「声が低いぞ、結衣。もっと愛嬌がないと可愛くないぞ? なぁ、飛鳥くん」
「……え、あぁそうっすね……」

薄川も、アラフォーのおかしなテンションに、圧倒されているようだ。

目つきだけは不動明王みたいなのに、たじたじである。
せっかくマシになった運転に響いたら、どうしてくれよう。

そんな娘の心配はさておき、

「二人とも、言いふらさないって約束してくれるなら、真相を話すよ」

父は両側のヘッドレストに手腕をかけ、首を前へ乗り出す。
それはいいけど、と前方二人は口も動きも揃えて、若干左右に避けた。

「なら話してやろう。心して聞けよ、若人たち」
「いいから勿体ぶらないで早く言って、お父さん」

「全くせっかちだな、結衣は。あと、普通に傷つくからな? ……まぁなんだ。実を言うと、恋時伯人っていうのは現世での仮の名前なんだ。その正体は~」

ゆるゆるした調子で語られたのは、衝撃というより突飛な話だった。

薄川と二人、ぽかんと口を開く。
クーラーの風音だけが、静まる車内を渡った。

意味は分かるのだけど、頭が理解しようとしない。正常な思考が途絶えてしまってから数秒後、本能的な直感で異変に気付いたのは、結衣だった。

「薄川、前!」
「うおっ、赤信号!?」

頭が大きく揺すられる。天井に頭のてっぺんを思いっきりぶつける。その正体は、薄川が思わず踏んだ急ブレーキと大差ない衝撃があった。

幸い、通行人もいなければ対向車もなし。
白線を越えることもなかった。