「僕、ご飯食べたら眠くなるんやって~」

「うちはお金も人手も足りないんだから。働かないでご飯食べられると思ったら大間違いだよ」
「分かっとるけどやなぁ……」

食後の皿洗いは、ハチの担当と決まっていた。

ご飯以外に関しては酷く意欲に欠ける彼を叱咤してから、結衣は再び袴衣装に身を包む。

サラリーマンにとってのスーツと同じ、仕事着である。気を引き締め直して向かったのは、恋時の待つ社務所だ。

「早かったですね」

なにやらパソコンでタイピングをしつつ、いつものごとく儚げな笑顔で、彼は結衣の方へ振り返る。

和服姿の妖と、電子機器。何度見ても、実にアンマッチな絵だ。

「えっと、縁結びお祓いの依頼がきてるんだよね?」
「そう。それも、初めてホームページを通して申し込みがありました。作った甲斐があったってやつかもしれません」

「ホームページ効果、本当にあったの……。すごいよ、伯人くん」

お世辞ではなく、褒め言葉が漏れる。

画面を見ると、細部までよく作り込まれた八羽神社の公式サイトが表示されていた。見やすいだけでなく、写真などの掲示も工夫されている。

これは、彼が一から作り上げたものだ。

「まだ一件の申し込みしかないですから。大した話じゃありませんよ。しっかりお祓いの効果も訴求したから、もう少し来るかと思ったくらいで」
「ううん、すごいことだって。一週間でできるクオリティじゃないもん。そもそもネットに強い妖なんて他にいないと思うし」

結衣は、ついヒートアップしてしまう。

これでも、スマホに、SNSに一通り使いこなす若者ではある。人様を雇うお金などあるわけもなく、自らウェブ制作に手を出そうとしたことはあったが、必要な知識や技量の多さに挫折してしまった。

だからこそ、その凄さは身に染みて分かった。
恋時は、照れたようにこめかみを掻く。


「と、とにかく、成果を出さないと始まりませんから。この依頼でようやく一歩め。大事ですよ、今日の依頼は。初めての口コミがもらえるかもしれません」
「……口コミ! すごくいい響きだね」

「そう、『縁結びに役立った』みたいな噂が広まったら参拝客も少しは増えるでしょうから。万が一SNSでバズったりなんかしてくれれば……」

都合のいい未来だけを頭に思い浮かべて、結衣はほくほくした気持ちになる。

「メインの収入は、もちろんお祓いなどの神事でしょう。でも、相乗効果も期待できます。人がこれば、少額でもお金が落ちますからね。そうなれば、今度はそのお金でグッズ制作。それから」

恋時は、稼ぎ時だと言わんばかり、目を血走らせていた。
元々が赤いだけに、恐ろしい執着を感じる。

基本的に慎ましやかな彼だが、商魂だけは人一倍たくましい。貧困に対する結衣の恨み辛みが、根付けの妖たる彼に乗り移ったのかもしれない。

どうにかして、八羽神社の収入を増やそうとしてくれるのだ。

「少し落ち着いてよ。そんなにたくさん稼いでどうするの。なにか欲しいものでもある?」
「別に、俺はお金で買えるものはなにもいりませんよ。でも、結衣さんにとってはあって困るものじゃないのでは?」
「そうなんだけどさ」

結衣自身、別にお金にこだわりがあるわけではない。巨万の富を得るなんて途方のない夢はみず、安定した普通の暮らしを欲している。

お金絡みの願望があるとするなら、

「そこまで稼げなくてもいいの。でも、九月末の例大祭は、お金をかけて、ちゃんとやりたいな」
「例大祭、ですか。まぁ神社にとっては、建立記念の一大イベントですからね。これを催せるかどうかは、神社にしてみれば大事な話になりますか」

「うん、大切。去年、一昨年はなんとか開催できたけど、人が来なくて小さい規模になっちゃった。今年こそ盛大にやりたいんだ」

そうすれば、神社を潰さないのは当然として、父を安心させることもできる。一人前の宮司として、跡取り娘として認めて貰えるはずだ。

その前に、ボロボロの境内をどうにかせねばならないが。課題は山積みである。

「きっと大丈夫です。なにせ、結衣さんはよくできたお祓い師ですから」

まるで何年も付き合ってきた友人のような調子で、恋時が言う。
その耳障りのいい声が、結衣の心に小さな火を灯した。

「頑張るよ。これでも私、八羽神社の宮司だからね!」

袂に手を差し入れる。

覚悟を決めるときに、忍び持った根付けを握るのは長年の癖になっていた。
しかし、どこにもない。
当たり前だ、その根付けは目の前の彼へと化けているのだから。

かわりに拳を固める。
意気揚々と、参拝客受付のシャッターを開けたところ、

「ごめんください、『縁結びに効くお祓い』を予約していた竹谷(たけたに)未央(みお)と言うものなんですけど」

そこには、もう依頼人が立っていた。

大学生くらい、結衣と同じ年頃の若い女性だった。
腕に、脚に、露出の多い服装をしている。

やや使い古したような赤のストールだけが、少し浮いて見えた。

「というか、めちゃくちゃ格好いいし、可愛いですね、お二人とも!」

つと目が合って、結衣は思わずたじろぐ。隣で、恋時は目を泳がせていた。

「どうかされましたか、お二人とも?」

弾けるような声に、クリーム色の髪。
明るさ全開の見た目とは裏腹に、彼女はおぞましい妖気を放っていた。

会話に夢中で気づけなかったが、どうやらかなり厄介な妖が取り憑いているようだ。