午後は、神社の通常業務に戻った。

地鎮祭や御祓の依頼はなかったから、午前にできなかった掃除や来客の応対をこなす。

その合間を縫って、

「結衣さん、さっきから食べすぎでは?」
「だって、もう頭回ってないもの。難しすぎてわけわからないよ」

恋時から、例大祭の話を聞かされていた。

正確にはそのはずだったが、いつのまにかずるずる話は逸れて、今やなぜか半ば経営論の講義と化している。

結衣は、節約のために自作しているミルク餅をまた一つ口へ放り込む。
簡単すぐにできて、舌で溶ける食感も面白い自信作だ。

「失礼ですが、結衣さんはお昼を食べられたのでは?」
「甘いものは別腹なの! あと糖分は頭の回転に効くっていうし。伯人くんもいる?」

結衣は、菓子の乗った盆を少し持ち上げる。これで話の腰が折れてくれれば、と淡い期待をかけるのだが、

「真面目にやりますよ。時間は限られていますから」

問答無用とばかり、盆を取り上げられてしまった。

あぁ、と口をついたのが情けないが、それにしても今日はやけに厳しい。

星空のような銀の髪に、月のような優しい目つき。
変わらず美しい笑顔を讃えているが、なにか凄みを感じる。

「そうは言うけどさ、経営論ならいつでも教えてもらえるよ? 今日じゃなくても大丈夫じゃん」
「そう言っていると、いつまでも覚えられないですよ」

恋時は、また参考書をめくり、結衣への指導を再開する。

いつもならば丁寧な彼だが、今日はやけに駆け足だ。
市場ニーズだとか、顧客ロイヤリティだとか、まるで頭に入ってこない。

さすがに堪らなくなってきて、結衣はギブアップとばかりに手をあげる。一旦ストップをかけた。

「どうして、そんなに急いでるの」
「すいません。早かったならもう一度やりましょうか」

言いたいのは、そういうことではない。もっと前段階の話だ。

「そもそもさ、自分が狙われてたことは気にならないんだ?」
「えぇ。だってもう、猫又は捕まえたではありませんか」

「でも、理由は分かってないじゃん」
「いずれは、あの猫又も口を割りますよ。問題ありません」

まるで、用意していたかのようなカウンターだった。

間違ってもいなければ、論立てがおかしいわけでもない。どの切り口も、防がれてしまった格好で、結衣は攻めのカードをなくす。

「……そういうもの?」
「えぇ、ただの考え方の違いですよ。さて、与太話はこの辺で。じきにやりましょうか」

微妙にしっくりとこないが、恋時の方はお構いなしだった。また、難解な講義が始まってしまう。

抗議の甲斐あってか、やや丁寧になったのもつかのま、数分後にはまたハイペースに戻っていた。

和風な妖の口から脈々と発される耳慣れない横文字が、耳の右から左へ抜けていく。



事件が起きたのは、その夜のことだった。