あの小屋には、なにがどうして封じられているのだろう。
果たして猫又とは関係があるのか。


引っかかりは覚えど、開けないと決めた以上、もう打つ手はなかった。

悶々としているうちに、数日間が経つ。

その間、特に事件も起きず、山鳴りがするわけでもない。結果、例大祭までの多くない時間をただ無為に過ごしただけになった。

猫又が目を覚ましたのは、そんな折だ。雪子の世話の甲斐もあってか、起き上がれるまでには回復したらしい。

けれど、だんまりを決め込むだけだった。

「……答えないと凍えるわよ、白ニャンコ」
「雪子、その辺で。霜とるのが大変なだけだから」

結衣は、雪子の肩に手を伸ばしストップをかける。

彼女の部屋の壁は、既に透明な氷によるコーティングができていた。
真夏だというのに、コートを重ね着しても耐えられない寒さだ。

猫又は、ブスッとした顔で、身を丸めていた。
くたびれてはいるが、よくブラッシングされていたことを思わせる毛が、水分を含んでへたっている。逃げ出すまでの力はまだないらしい。

結衣は、一枚コートを脱ぐと、その背中にかけてやる。

「私たちはもう怒ってないから。なんであんなところで倒れてたか、どうして伯人くんを狙ったのか、教えて?」

北風がダメなら、太陽。

飼い猫だったとおぼしき彼女になら通じるかと思ったのだが、むしろ毛並みを全て逆立てて、威嚇されてしまった。コートは無惨にも振り払われる。

猫又は頑なに、言葉を発しようとしなかった。

餌をあげるから、部屋を与えるからと粘ってみても、同じことだった。
進展なくお昼時になって、一旦中断となる。

「ほんまになんなんや、あのメス猫は。結衣は襲ってきたっちゅうのを許してやったうえ、助けてまでやったってのに」

ハチは不服そうながら、米を必死で掻き込んでいた。
なんでも、悔しさごと胃に収めるのだと言う。

「贅沢なやっちゃで。明らかにちやほやされて育っとるもんなぁ、あの毛並み」
「ハチも十分ちやほやされてる方だよ。毎日たらふくご飯食べてるんだから」

「ちゃうちゃう。ほら、僕は庶民って感じやけど、あっちはお嬢やん? 気性の荒い、自分勝手な。甘やかされて育ったんやろか。ほんまに羨ましいやっちゃで」

ハチが、箸を茶碗に擦りつける音だけが居間に響く。
春先に逆戻りしたかの如く、食卓は半分しか埋まっていなかった。

雪子は猫又を見張ると言って、部屋に残っていた。そして恋時も、和室に篭ったままだった。

こちらはここ数日、ずっとその調子である。けれど、一切出てこないというわけじゃない。

と、古びた襖がぎこちない音とともに開いた。

「結衣さん、例大祭の件でご相談があります。……って、あぁ食事中でしたか」

恋時は、大学ノートを胸に抱えている。

「伯人くんは食べないの」
「えぇ、今は少し忙しいので。では、のちほど。またお時間があるときに」

笑顔とともに、また和室の戸は閉ざされた。
再び現れた桜の花は、もうすっかり季節外れだ。それはまるで、結衣と恋時のズレを表すかのようだった。

「……正直、お祭りに集中できないよ」

思わず漏れたのが、結衣の本音だ。

ずっと目標にしてきたのだが、ここにきて邁進はできなくなった。ハチがナスの甘辛炒めを挟み上げつつ、犬耳をぴくりと反応させる。

「恋時はん、ますますお金稼ぎにまっしぐらやなぁ」
「うん。鎮守の森に入った日から、ずっと例大祭のことばっかり」

思えば、声をかけられたのは、関連する話だけだ。

それ以外の話は結衣から振らない限り、してこない。些細な家事の話など、雑談めいた会話は限りなくゼロに近くなっていた。

「あんなにノートに文字ばっかり書いてたら、僕なら倒れるわ」
「ハチは少しくらい勉強した方がいいよ」

恋時が熱心なことは、ありがたい。

でも、自分が狙われていた理由も分からないのに、よく放っておけるものだ。それとも彼のことだから、なにか考えがあるのか。

なんだか分からないことばっかりだ。疑問が毛玉のように絡まりあっている。結衣は、頭をぐしゃっと掻く。こちらも、髪の毛がもつれ荒れてしまった。

「こんな時こそご飯や。たらふく食べて忘れるんや。な?」
「……もう、そうするよ」

結衣は、ハチの悪魔の囁きに耳を貸すことにした。箸を取ると大口を開けてご飯を詰め込んでいく。

甘辛炒めが、食欲を掻き立てるのもあいまった。

二人して、競うようにさらえていく。
四人分炊いていた炊飯器が、いつのまにかすっかり空になっていた。