普段、集会スペースを使うことはほとんどない。


遠い昔には、町の会議などに貸し出していたこともあるそうだが、今やプチ倉庫扱い。

先週まで備品を貯め込んでいたくらいの場所が、今日は人で溢れていた。


それも、恋を真摯に求める者ばかりの集いである。

見知らぬもの同士、あらかじめ決められた通りの男女ペアになって向かい合う。
それが十組もいるのだから、空気感は神社らしからぬ異様さを呈していた。化け妖が近くにいる時とも、また違う。

相手との距離を測るような気遣いが、あちこちで交差していた。


「なんで八雲が参加してるんだよ。お前、主催側だろ」
「飛鳥が、参加やめてくれないからでしょ!」

ごく一部、幼なじみ同士となった組み合わせを除いて。

ちなみに偶然ではなく、そうなるように結衣が仕組んだ。彼には余計な真似はしないよう、最初に言いつけておきたかった。

「しかもなんだよ、その服も、髪も。俺に散々言ってくれたけど、本気で彼氏欲しいのはお前の方なんじゃね?」
「違うし! これは、雪子がやってくれるって言うから」

しかし思う通りには行かず、恒例の小競り合いへと発展してしまう。

「できるだけ、ご静粛にお願いいたします」

しまいには、司会席に座っていた恋時にこんな注意をされてしまった。
仕方なくお互い無言になりながらも、飛鳥と睨み合うこと少し、

「今日はご参加くださいまして、ありがとうございます。これより、八羽神社コンを執り行います」

定刻になると同時、恋時が開会を宣言した。

その途端、全員の意識が一旦、彼の方へ向く。

恋時は原稿を見ているわけでもないのに、一言一句違えず、会のルールやスケジュールを述べていく。

「──以上です」

分かりやすく、聞き心地もいい。悔しいけれど、その仕切りは結衣よりよっぽど上手かった。
さて、プログラムが始められる。

まず最初は、制限時間付きでの自己紹介と数分間のトークタイムだ。ここで顔合わせ程度にでも相手を知ることで、緊張を解そうという狙いがあった。

「薄川飛鳥です、ヨロシク」
「……八雲結衣です」

結衣たちも、一応形式に従い、とってつけた挨拶を交わす。

「余計なことしないでよね、飛鳥。もし変なことしたら、婚活してるって元クラスのグループチャットで言いふらすから」

しかし二手目には、もう牽制を挟んでいた。
結衣はグラスの氷をわざと揺らしてから、水を飲む。

「反則すぎるだろ、それは。というか俺にも訳があってだな」


どんな、と問えば、言えないけど、と返ってきた。じゃあ言わなければいいのに、と思う。変なところで、馬鹿正直だ。

「邪魔はしねぇから安心しろよ。あと前も言ったけど、彼女を作りに来たわけじゃないってのは信じてほしいっつーか……その。飢えてるとか、誰でもいいとかじゃないから。大学でも誰とも付き合ってないし」

飛鳥は、首を右に傾けると、左の首筋を爪で引っ掻く。
ちなみに、刺青は彫られていない。

これは、強がりでも嘘でもなさそうだ。恋時と違って、彼はいつも分かりやすい。

「分かったから、手止めたら? 腫れるよ」
「……おう、ありがとう。それはそうと、なぁ八雲。一つ聞いていい?」

なんだか改まった言い振りに、結衣は姿勢を正す。

「あの人、誰だよ。あんなのいるなんて聞いてねぇよ」

指示語が誰のことを言うのかは、改めて確認するまでもない。
あぁそれか、と結衣は苦笑した。

「私のウサギの根付けが化けた妖。すごいよね。持ち主よりよっぽどハイスペック。っていうか今回の神社コン。SNSで知ったんなら写真見なかったの?」
「うん、SNSで知ったわけじゃないからな。妖なのか、……そっか」

なぜか緩んだ口角を、薄川は首を振り、きゅっと結ぶ。

「本当に人にしか見えないな」
「力のある妖は、顕現できちゃうからね。私もたまに思うことあるよ。でも、どう見ても私の持ってた根付けだし」

「……ふーん、なんか怪しいな」
「そりゃまぁ「あやかし」って言うくらいだしね?」

「トンチの話じゃないっての」

周りが懸命に相手との共通点を探る中、とりとめもない会話のうちに制限時間となる。
ペアのチェンジは、男性が移動することとしていた。
薄川はあぐらを解いて、


「……あんまり目立つなよ。変なのに目つけられたら困るから」

最後にぼそりと言い置いていった。

なんだか、含みがあったような気がする。
どう変で、どう困るのかしら。その意味をはかりかねていたら、

「こ、こんにちは。……よろしくお願いします」

次の男性がもう着席していた。

しまった、と思わず口にしそうになるのをどうにか飲み込んだ。

運営がうまくいくか、薄川をどう説得するかばかり考えていて、参加者としての立ち振る舞いを一切考えていなかった。

「えっと、よろしくお願い申し上げます、八雲結衣です。その、あー、暑いですね……?」
「そうですか? 涼しいくらいだと思いますけど……。神社だからなんですかね? マイナスイオンが流れてる感じがします」


たぶん、室内に雪子がいるからだろう。

恋時の隣で、タイムキープ役をしているようだった。

雪女がいるだけで、夏はクーラーいらずなんです。
電気代節約にもなるんです。


そう言えたら楽なのだが、そんなことをありのまま伝えれば、変人に思われること請け合いだ。

「暑がりなんですよね、私。あははは……」

無理やり通して、あたりさわりのない会話を、どうにかやり遂げる。

時間に余裕は持たせていたが、息つく間は少ない。すぐに次の人が回ってきた。

今度は見るからに、気の弱そうな人だった。
白のセーターに、ベージュのロングコートは、中性的な印象を抱かせる。

備えがなければきっかけに困るところだったろう。

だがここで、結衣にとっての秘策、質問票の情報が生きた。

「神社お寺巡りが趣味なんですね?」
「……あ、はい! 僕、御朱印も集めてて。京都も、このあたりも、結構行ってます」

「最近はどこへ行かれたんですか」

男の顔が、ぱっと明るくなる。
にこやかに、体験談を話し始めてくれた。髪の毛を何度も耳にかけながら、彼は調子づいていく。

「この間は鹿苑寺に行ってから、平安神宮の方へ回って……」

楽しいコミュニケーションかはさておき、神社仏閣への好きが、よく伝わってきた。こういう人こそ、神社コンの参加者としては、ふさわしいのかもしれない。

女子としてというより、一人の宮司として、彼を微笑ましく思う。その拍子、結衣の小机の上で、グラスがこちらへ傾いた。

「……あっごめんなさい!」

揺らした自覚があったのか、彼がこちらへ手を伸ばす。
反射的に結衣も抑えにかかって、ふと、指と指が触れ合った。

「……つうっ」

静電気が走ったらしい。
結衣は、じんと痺れる指をさする。

「すいません、色々と僕のせいで。大丈夫ですか?」

男は胸元に手を寄せると、反対の手で包み込んでいた。
心配そうに、こちらを覗き込む。そこで、タイムアップとなった。


そんな幕切れの悪さに、結衣はその後も彼のことが気にかかった。

どうも、極度のあがり症のようだ。
組み合わせが変わるたびに、男の肩はいかりあがっていた。


一通りの顔合わせが終わり、はじめの位置に戻ってくる。

ぶすっとした顔で、薄川が腕を組んでいた。人によっては、この絵面だけで泣いていたかもしれない。

「おい、ぼうっとしすぎだろ八雲。お前のグラス、髪の毛浮いてるぞ」
「……へ? ほんとだ……しかも、なんか長いや」

誰かの髪が風で舞ったのだろうか。

「ちょっと替えてくるよ、ってあれ動けない……」

立ち上がろうとしたのだが、足に力が入らない。

「女性陣は、長いこと同じ姿勢だったしなぁ。大丈夫か? ……手貸そうか」
「ううん、いいよ。大したことじゃないし、すぐ治ると思うから」

結衣は力を込めて、足をもみほぐす。

「こちらをどうぞ、結衣さん」

まごついていたら、先回りして恋時が替えを用意してくれた。
そんな彼の垂れた袖を、薄川が引く。

「優秀だな、さすがに。でも、八雲が宮司だって周りにばれたら大変だろうから、もう少し接し方には気を付けろよ」
「えぇ、心得ていますよ。飛鳥さん。いつもお世話になっています」

「……あぁ、こちらこそだ」


両者、手を取り合って笑顔を交わす。

どういうわけか一触触発といった、剣呑なムードに見えた。

「……あれ、尊いかもしれない! タイプの違うイケメンの握手! あっまって写真!」

背後の雪子がどろどろに溶けて、全てを打ち壊していたけれど。