結局、最後まで薄川が折れてくれることはなかった。


神社コン開催当日を迎える。

キャンセルなども待ってみたが、参加者の変更などはとくになく、追加募集でも誰も引っかからなかった。

では、男性が一人あぶれたままの状態をどうするのかといえば、

「ほら、動いちゃダメよ。私が結衣を完璧なヒロインにしてあげるんだから」
「……ねぇ、雪子。本当に宮司が参加してもいいのかな。なんだか、ズルしてるみたいじゃない? サクラっていうんでしょ、こういうの」

「数合わせなんだから、いいんじゃない? 気にしすぎよ、むしろサービスしてやってるくらいの気持ちでいなさい。こういう時こそ、いつものやつよ。私は八羽の宮司だからね! ってやつ」
「……絶対今じゃないよ、そのセリフ!」

「ほら、いいから。顎下げないの。ピン留め、ずれるわよ」

結衣が参加者に扮するという、白とは言い切れぬグレーな作戦に出るしかなかった。

では進行役は誰がといえば、恋時しかいない。ドリンクの準備や、料理の提供など裏方の庶務は、ハチや雪子で、どうにか回すのだと言う。

信頼できる仲間たちとはいえ、皆揃って妖である。

中止をできる段でもないのに、いまだ不安を募らせる結衣をよそに、雪子の手際はよかった。

「ほら、できたわよ。似合ってるじゃないの。これで、少しはその気になるでしょ」

結衣は、促されて、姿見に写る自分と目を合わせる。
まるで別人かのようだった。


普段はすとんと肩上まで下ろしているだけの髪が緩く巻き上げられ、肩口で小粋に揺れる。
その抜け感のある雰囲気は、白と水色で淡くきめられたワンピースと、しっくり馴染んでいる。


結衣は思わず、わぁと感嘆の吐息。

おめかしの理由はどうあれ、綺麗になれることが嬉しくないわけがなかった。

「雪子、すごいね……。こんなのどうやったらできるの」
「ふ女子の嗜みよ。お裁縫だって自信あるのよね。この胸元の刺繍も私が縫ったのよ」

雪の結晶をかたどったものだ。
いくつか大きさの違うものが散らされていて、アクセントになっている。

リメイクなどの節約術には長けている結衣だが、凝った刺繍までは対象外だ。

「少女漫画のヒロインに、お裁縫趣味の子がいてね。結構好感持てるタイプの子だったから、真似して覚えたのよ」
「一応、普通のも読むんだね」

「まぁね。もちろんBLの方が好きだけど。どっちにも、いいところがあるもの。あ、でも混ぜるな危険って話でさ。二つ両立しようとしてる作品とか見ると、あーもう違うのにってムカムカして」

おっと、長い講義が始まりそうな流れになってきた。こんな時は早く退散するに限る。

結衣はお礼だけ言って、セットルームとなっていた雪子の部屋から出た。


すぐの廊下は、神社コンでも使用する予定の導線だ。

やれる限りの補修と大掃除を行ったことで、春先よりは見られる状態になっていた。季節が夏へ近づいたこともあるのかもしれないけれど、隙間風も低減されている。

姑のごとく埃をチェックしながら、結衣は社務所の脇にある集会スペースまで足を運ぶ。

「おや、準備万端のようですね」

ちょうど恋時が、座布団と小机を並べているところだった。

「伯人くんこそ、すごいね。さまになってる」
「ありがとうございます。代役など恐れ多いと思っていましたが、本物の宮司さんにそう言っていただけると自信が持てますよ」

 彼は常装を身に纏っていた。
水色の袴の上に、まっ白い狩衣をゆったりと乗せたようなその姿は、誰が見ても宮司そのものだ。

黒烏帽子と耳の間から覗く銀色のうなじなどは、本物以上の雰囲気を思わせる。

結衣は手伝いを申し出て、水を注いだグラスを各席に配置していく。

「結衣さんは、大丈夫ですよ。せっかくの晴れ着が崩れては台無しでしょう」
「別に本気で男の人を捕まえにいくわけじゃないからいいの。会が成功することの方が大事なんだから」

嘘偽りのない本音だ。つつがなく進行してくれれば、欲を言うとしても、一組くらいカップルが成立なんかしてくれたらそれがいい。

ただ、女子心にしてみれば、人からの反応が気にならないといえば嘘だった。正確には彼は妖だけれど。

「……どうかな、この格好」

結衣は、伏し目がちになって尋ねる。

机の位置を正すため膝立ちになったところで、恋時の動きがはたと止まった。

永久機関の笑顔が、ふいに真顔へ変わる。小机が脚を上に向けて、すとんと倒れた。恋時は、なにごともなかったかのように、それを元へ戻す。

天使の笑みも一緒になって帰ってきた。

「素敵だと思いますよ。ただ素敵すぎて、悪戯したくなりますね」
「……えっと、悪戯?」

「えぇ、頬に花丸を描くのはいかがでしょう。額に、ばつ印もいいかもしれません。お歯黒という手もありますよ」
どう受け取ればいいのだろう、これは。


いつものごとく、穏やかな表情にはもう一切の揺らぎがなかった。

ただ若干その瞳に、冷ややかなものを感じたのは気のせいだろうか。まるで凍りついた湖のようだ。水滴一つでは、波紋も広がらない。

それだけに、本当にやりかねないようにも思えた。
ジェントルマンが行きすぎたくらいの彼だが、妖はそもそも悪戯好きが多い。

「は、伯人くん?」

結衣は身構えて、じりじりと半歩ずつ恋時から遠ざかる。

間合いを探っていると、社務所からベル音が鳴り響いた。

もう、参加者の一人目が到着したようだ。


「ここは私がやっとくから、伯人くんお迎えに行ってきて! 今日の司会者でしょ」
「えぇ、お任せください」


まるで救いの船が来たような感覚だった。