二
そんなお祭り騒ぎと言ってもいい宣伝だったからか、一度でも効果は十分だった。
揶揄うだけで、誰もこなかったりして……そんな風に心配していたのだが、参加申し込み者は日を追うごと順当に増えていった。
むしろ難しかったのは、男女のバランス調整だ。
「うちが見に行った時は、男女一対一だったわよ。あ、受付の男子二人もある意味、対だったけどね!」
雪子が半分くらいの余計な情報とともに、こうアドバイスをくれる。
それをもとにウェブ応募フォームの文言を『女性急募!』と変更するなど、ぎりぎりまで調整を施したのだが、
「惜しいなぁ。男性の方が一人多くなっちゃったか……」
結衣は、締め切ったばかりの参加者名簿を前にして思わず唸る。
狭い社務所に、一人分の煮えきらない声が籠もった。
セオリー通りにいけば、最後の男性申込者に断りを入れるのが正しいのだろう。が、多すぎる情報が結衣を惑わせていた。
「出身地が近い方が気が合ったりするよねぇ。趣味がかけ離れてるのはたぶんダメだろうし……」
申し込み時に、少し踏み込んだことも尋ねていたのだ。
まるで相手の情報がないのと、少しでもあるのとでは大きな差がある。会話のきっかけになればと質問票に載せたのものだったが、おかげで余計な考えが巡った。
同じ場所から来る同性は友達同士かも、びっしり書き込んでいる人と空欄の人とでは、かける思いが違うのかも。
そんなところまで考え至ると、もう訳がわからなくなってきた。
椅子の背にもたれかかり、パソコン画面を俯瞰する。ふとリストの上部に、見知った名前が目に入った。
同姓同名かと思うが、出身地は彦根市、年齢も一致しているときた。
結衣は思い立って、すぐに靴をつっかける。
袴姿のまま行ける外の土地なんて、結衣には一つしかない。すぐ隣の敷地だ。
尻合わせの三つ楓、紋章が目を引く。垂れ幕付きの門はいつ見ても威厳を放っていた。果たしてその人とは、探すまでもなく遭遇した。
「おぉ八雲。うちになにか用かよ」
茶色の作務衣に袖を通した青年が、ほうきをはく手を止めずにこちらを一瞥する。
高いところから、尖った目がこちらを見下ろしていた。
ぎろりと動けばその道の人にも見えかねないが、そうではない。
別に機嫌が悪いのでもなく、ただひたすらに目つきが悪いのだ。
薄川(うすかわ)飛鳥(あすか)と言う。
八羽神社の隣にある横野寺の一人息子で、結衣の同級生だ。
まだ正式な僧というわけではないので、剃髪はしていない。
そのときがきたら、印象を和らげるため、丸メガネでもかけたほうがよさそうだ。
「なにかもなにも、なんで飛鳥が神社コン申し込んでるのか聞きにきたんだよ。お寺の跡取りなのに」
「あー、あれな。別に応募要項に、寺の関係者はダメなんて書いてなかったろ?」
「それは普通に考えたらそうだからでしょ。今からでも、参加やめてくれないかな」
結衣が投げかけるのに、薄川はそっぽを向く。
「書いてねぇものは書いてねぇし。大体、俺はかなり早く申し込んだはずだぞ。もっと後に申し込んだやつがいるだろ」
彼は、目つきどおり意地っ張りな性格なのだ。
お隣さんだけに幼い頃から関わり合うことは多かったが、その度にこうして言い合いになってきた。決して絶望的に仲が悪いわけでもないのだが、いつも最後には揉めている気がする。
結衣は、なるたけ丁寧に事情を伝える。不本意ながら、下手にでるのだが。
「いやなこった。参加は権利だろ」
「もう、なんで折れてくれないの! そこまで彼女がほしいの? たぶん年上の方が多いよ? メインは二十代後半だし」
「べ、別に女子に困ってるってわけじゃない。八雲は知らないだろうけど、これでも俺、大学では少しモテるんだぞ? 最近、自分の車を買ったってのもあって引っ張りダコなくらいだ」
「足にされてるだけじゃないの?」
「な、そんなことないっつの! そういう魂胆の奴は見極めてだなぁ」
サッカーサークルでは一番上手いとか、ついこの間、後輩に告白された話だとか。自慢話的なエピソードを披露して、彼は得意そうに鼻を鳴らす。
言ったそばからホウキに躓きかけて、まるで格好はついていなかった。そそっかしいのも、彼の特徴である。
「参加者に男が一人多いのが原因か? そういうことだったら俺が女装してやろうか」
「もう、ふざけないで。あんなのもう見たくないよ」
高校生の頃、学祭で見たのだが、世にもおぞましい格好だった。
「なんだ、結構いけるかと思ったのに。尼スタイル」
「さいあくだよ、むしろ。……というかそれ、今度は女の子が余るから!」
馬鹿なうえに、意志が固いときている。もっとも厄介なタイプだ。
結局どちらも引き下がらずに、時間だけが過ぎる。そのうち寺の境内が一周ぐるりと綺麗になったあたりで、
「じゃあ、俺そろそろ厄除けの依頼があるから。親父に準備の手伝い頼まれてんだ」
薄川は一方的に、話を切り上げた。
「まだ足りないってなら、その後に聞くぜ。それか、八雲も参加してみるか? 俺が神社コン行く代わりに、宮司がお寺で体験厄除けとかどうよ」
「……しないよ。大体、私は妖が見えるんだから、いらないし。知ってるでしょ」
寺院における厄除けの儀式は、神社で言うところのお祓いにあたる。
ただし少し違うのは、厄除けは、憑かせないことに焦点を当てている点だ。そのために、化け妖を寄り付かせない清貧な匂いを対象者に纏わせる。
「あぁ。昔、誰にも秘密だって教えてくれたよな。その辺歩いてる人を妖だって言ったり、なんにもないところにいるって言ったり、実際喋ったり物渡したり。初めは驚いたけどよ。
あの秘密、まだちゃんと守ってるんだぜ、俺。だからさぁ、少しくらい融通きかせてくれよ」
「それには感謝してるけど……。また話が別だって!」
「じゃあ交渉決裂。とにかく俺は参加するからな」
薄川は結衣をびしっと指差して、講堂へと駆けて行く。
たまにこちらを振り返って、追い払うような仕草をしていた。
参拝客がみんな帰ってしまいそうなほど、ドスが効いていた。
なにかの間違いで、そのまま八羽神社に流れてきてくれたらいいのに。