四
白色のシフォンブラウス、淡い水色のキュロット。
靴は迷った末、お姉ちゃんのものを勝手に拝借したレースのサンダル。首飾りには、茉莉ちゃんに貰った月と星のネックレスをワンポイントにつける。お母さんに貰ったばかりの服は、結局夏用の薄手セーターだけ空調対策に手提げに入れた。
次の日、私は約束の十一時、三十分前に待ち合わせの逆瀬川駅構内アズナス前に着いていた。
起きたのは学校へ行く時より早い早朝六時、はたと目が覚めた。
遅くまでコーデに悩んでいたから五時間も寝ていない。それなのに、目の下にクマができていることに気がついたのは、家を出る直前、姿見でだった。お母さんに化粧をしてもらう。慌てて出てきたのだけど、結局かなり余裕があった。
何度もスマホで時間を確認する。
その度に、いよいよだと思った。何と言っても正式には、初のデートだ。当然、緊張もする。紛らわすため、コーヒースタンドでラテを買ったが、すぐに飲み干してしまった。
ベンチに座って待つ。部活があるからだろう、同じ学校の人が何人か通りがかった。もう少し目立たない場所にするべきだった。思いつつ短い髪に目を隠していたら、
「早いな、まだ着いてないと思った」
今宮くんがきた。約束の少し前だった。どきりと跳ね上がる胸を落ち着けて彼を見る。シャツ一枚に、七分丈のタイトパンツ。シンプルなスタイルだけど、細身の身体にはよく似合っていた。
「えっとおはよう。服、いい感じだね」
「そう? 普通すぎたって思ってる。栗原さんはー……似合ってるな。白! イメージどおり、えっと、その、可愛いと思うよ」
「……ありがとう」
答えつつ頬が緩む。
会ってすぐの褒め言葉だった、幸先がいい。寝不足になった甲斐があるというもの。
「じゃあ行こうか。西北行きの電車、もうすぐくる」
うん、と答えて立ち上がる。
今日の目標は、昨日から既に決めてあった。キュロットの背で握りこぶしを作りつつ、それを頭の中で反芻する。
まずは、楽しむこと。それから、少しは今宮くんの、私自身の気持ちを確かめることだ。
えんじ色の電車に乗って十分、目的地・西宮北口には話し込むまでもなく着いた。最寄駅から一番近いターミナル駅だ。乗り換えれば、一本で神戸や梅田に行くことができるうえ、駅から直通で大型モール・西宮ガーデンズにもアクセスできる。
そのモールで買い物やらをすることが今日の目的だ。昨日、晩御飯を食べた後、二人で話して決めた。
考えれば、電話をしたのも初めてだった。
昼時は混むからと、先に昼ごはんに行くことは決めていた。まずレストランフロアを二人、うろうろと歩く。ロコモコを推すハワイアンなお店から鯖の味噌煮のサンプルを店先にでんと置いた定食屋まで、店は幅広く揃っていた。しかし、どれも決め手がない。
私は優柔不断だ。それに気を遣ったのか、今宮くんも煮え切らない様子。別にここでも、を呪文のように唱えながら二度同じところを回った。
「最初からこうすればよかったかな」
「たしかに。ここならなんでもあるし」
そして結果、地下のフードコートに落ち着いた。
何にしようか、と話す。色々ある中から、ここでペッパーランチに意見が重なって、笑いが揃った。
素直に楽しい、そう思える一時だった。このところ、二人の時に感じていた息詰まる感じが全くしない。私の手首についた時計だけ、進みが早いのかとモールの大時計と見比べてしまった。
やはり意識のしすぎだったみたいだ。
早計かもしれないけれど、とりあえず第一目標はクリアとしてよさそうだった。そうなれば、もう一つ。
鉄板ランチを食べ終えた後、デザートにとサーティワンを買い戻ってきた彼に聞いてみる。
「今宮くんは、これまで付き合った人とかいるの」
私基準としては、思い切った。
「え、急に聞くから驚いたな。うん、一回だけある」
「中学校の時?」
「そう。同じ部活の先輩と付き合った。珍しくない? 周りはみんな年下か同級生ばっかり」
「んー、歳は関係ないんじゃない?」
「だよな。でも年上好きか、ってはるに笑われた。はるも先輩と付き合ってたのに。男と女で違うのって理不尽じゃない?」
しかし、そのあとを考えていなかった。話が逸れていく。直接ずばりとは聞けないのが、私の思い切りの限界だった。
昼時が近づいて、フードコートは混み合ってきていた。長居は迷惑だな、と今宮くんは席を立つ。また燻り始めた心を整理できないまま私は盆を持って立ち上がり、椅子の脚に蹴躓いた。音を立てて、鉄板やらコップが辺りにひっくり返る。
「栗原さん、大丈夫!?」
「うん、ちょっとこけちゃった。でもどこも痛くないよ」
幸い、鉄板はすでに冷めていて火傷もなかった。ただトップスの裾に、ステーキソースがべったり染みていた。白のブラウスに茶が滲んでいる。
「……あー、結構しっかりついてるなぁ。早く対処しないと落ちなくなるかも」
「大丈夫だから! これくらい!!」
今帰ったら間に合うよ、とか言われてしまったら。
なぜか咄嗟にそんな考えが浮かんで、強い口調、私はこう口走っていた。はっと口をつぐむ。床にひっくり返った盆を素早く片して、
「ちょ、栗原さん!?」
清掃員も出てきて、周囲はちょっとした騒動になるなか、待ってて、と伝えお手洗いへ逃げるように駆けた。