「なぁ山田、栗原さんに振られたんだっけ?」
「なに急に。昼に言ったろー。そうだけど、掘り返すなよ、今。折角気分よかったってのに」

「悪い悪い、ちょっとした確認。まだ好きか?」
「そりゃあそう簡単に忘れられっかよ。まぁでも……遠慮はすんなよ。そういうの期待してねぇから」

 つくづく、いい親友だ。ふっと笑う。

「ごめん、用事思い出した。すぐ終わるから山田は先行ってて」
「え、またかよ。つか、何の関係があった、今の? 待ってようか」

「いや、いいよ。主役は打ち上げでも主役じゃなくちゃ」

ちょうどあの教室のように、煌々と頭の中が照らされた気分だった。

求めても届かず空転を繰り返したくせに、見つかる時は簡単なものだ。なんてあっけない。校舎内へ入る。一応外履は脱ぎそろえて、早足で教室を目指した。

昼間とは逆だった。いると思ったのに、いない。あの影は見間違いだったかと首を捻っていると、

「今宮くんか~、よかった」

栗原さんは銀杏の木の後ろから、リスみたくしゃがんだ姿勢で顔を覗かせた。

「先生が来たって思ってつい隠れちゃった」
「ごめん、驚かした。なにしてるの、打ち上げは?」

「うん。行こうと思ってたけど、これ取りに来たんだ。捨てるにはもったいないでしょ?」

栗原さんは両手に、昨日これでもかと買った水のペットボトルを掲げる。

「今宮くんこそ、どうしたの。もう遅いよ」
「あぁ俺は──」

雑用だなんて、場を濁すような言い訳をこの期に及んでしたくはなかった。

「栗原さんに会いにきた」

文化祭が終わった今、純粋にそう思ったのだ。

積もる話も、用事もないけれど。
栗原さんに会いたい、話がしたいと思った。内容はなにでもいい。文化祭の振り返りでも来週に迫ったのテスト週間のことでも、なにでも。

 そして、それはたぶん。

「あのさ、好きだ。付き合って欲しい」

こういうこと。
 二ヶ月をかけて難しく考えた末、一旦は諦めて、けれどその果てに至った答えが、結果的には逆戻りみたいになったのだから笑える。

当然、思いの丈にうんと差があるとはいえ、台詞も夏祭りの時とほとんど同じだった。

でもきっとそういうものなのだろう、青春というのは。

探しても探しても見つからないのは、はじめから決まった明白な一つの答えなど、きっとないからだ。標識がない中を歩いて、時には誰かとぶつかって、そのうちに気づけば大人になっている。あえて言うなら、もっと歳をとって、その時いつか少しだけ分かるような、曖昧なものなのかもしれない。だから今は、思うままであればいい。

栗原さんは、口元でなにか言いかけて、それからしきりに短い前髪を手櫛でとく。
見て取れるほど、頬がみるみる赤らんでいった。

「そ、そっか。えっと、私が、だよね」

やっと出てきた言葉も、たどたどしい。
言い切ったのはいいけれど、その様子に次第にこちらが照れくさくなってきた。ネクタイを揺する。

「私も、今度はちゃんと今宮くんが好き」

そして返答を聞いて声に詰まった。

「え、本当に」
「告白しといて、その反応はずるいよ」

「ごめん、嬉しかったからつい。その、改めてよろしくお願いします」
「うん、こちらこそ」

 同時にお辞儀を仕合う。
それから俺はボトルをあけて水を一口飲んだ。面映ゆさはその中に溶かしておいた。

「打ち上げ行こうか、みんな待ってる」

栗原さんは、こくと首を振った。

鍵を返して、校門を出る。

タイミングが悪かった。停留所につくほんの少し前、クリーム色のバスは走り去っていく。それを見送ってから時刻表を見ると、次の便までは二十分もあった。

けれど普段は退屈だろうその時間が、今はゆとりに思えた。

「次のバス停まで歩かない?」
「うん、たまにはいいね」
「栗原さんと歩くの久しぶりだなぁ」

吐いた息が重なる。
草むらからは猫が呑気そうに鳴いた。

どこまで辿り着けるだろう。一本くらいならバスに追い越されてしまってもいいかもしれない。

手を差し出すと、遠慮がちながらも彼女は取ってくれた。
初めて触れた、その不安定さをこぼさないでいようと手とは反対に強く思う。

「ねぇ、一果でいいよ。……郁人くん」
「そっか、じゃあ行こうか。えっと、一果」

そうして二人、足先を揃えて夜を歩きはじめた。
                                      (了)