「なんでこのタイミングで」
「今だからだ。文化祭終わったら、答えを聞こうと思ったんだ。まぁでも、先に断られたんだけどな」
「……そうか」

驚きが先行して、気の利いた言葉が浮かばずにいると、

「そんな顔すんなよ。すっきりしたぜ。ちゃんと伝えられたから、これでよかったんだ、って思えた。だからこれはやけ食いじゃなくて、単に腹が減っただけだ。腹が減っては戦ができぬ、ってな」

 近くをクラスメイトが通りがかって、少し会話に間ができる。彼は愛想よく対応してから、また唐揚げを食べつつ言った。

「なぁ郁人。俺、伏見に会うの遠慮するよ」
「なんで、どうしたよ」
「郁人さ、伏見にちゃんと答えてやったら?」

じゃあな、と山田は、はるに借りていたというCDの束を俺に託す。
胸ポケットに忍ばせていたあたり、はなから、そのつもりだったらしい。

 考えてもみなかった、喧噪の中、一人置いて行かれる。

ぼうっとしていたら、近くのチュロス屋に捕まって、一番高価な五百円のセットを買わされた。そのうちにすぐに約束の時間になって、俺ははるを校門前まで迎えに行く。三人でと言っていたから一人で出迎えると、山田くんは、と聞かれる。

「山田は唐揚げ食べすぎて、休んでる」
「なにそれ。劇のキャラクター作り?」

 二人で、校内を一周することになった。はるの文化祭へ行った時と、流れが同じだった。その間、俺はあの時はっきりと出せなかった告白への返事を自問した。

答えは一つ、はっきりと出た。ただ祭りの中は、伝える環境としてふさわしくなかった。どこかと探して、屋上まで抜けた。

「解放してるんだね、珍しい」
「たしかに。でも、ここで弁当食べるのは禁止なんだ。昔、弁当を空から撒いた先輩がいるらしい」
「ギャグ漫画じゃん。面白い」

はるは、そう笑ってから「やっぱり同じ高校ならよかったなぁ」と一人言のように呟いた。

「あ、後悔してるわけじゃないよ。今は自分の選択を受け入れてるつもり。でも、こうやって学校に来るとちょっと考えちゃった。もしかしたら、うちがそこにいたのかな、なんて」

儚さを帯びた声音だった。

 はるがいたら、どうだっただろう。まだ毎日一緒に家を出ていたかもしれない。昼休みはきっとさらに賑やかだったろう。文化祭だって大きく違ったものになっていたと思う。関係性だって、今とは全然変わっていたかもしれない。

でも、その事実はない。

「ねぇ、こんなところまで連れてきたって事は大事な話でしょ」
「分かってても言うなよ、そういうこと」
「ごめんごめん。でも、分かってても言葉で聞きたい」

 はるとはっきり目が合う。

三秒見つめ合う間に、十年以上分、たくさんの過去がを駆け巡った。それを捨てるわけじゃない。むしろ大切だからこそ、きちんと今度こそ正面から向き合って、けじめをつけねばならない。

はるに、それから、はるだけを大切に思っていた昔の自分に。

だから万感全てを固めて、

「俺、はるとは付き合えない」

変な装飾は一切用いずに差し出した。

はるは、ただ俯く。
俺にできるのは、待つことだけだった。その代わりいくらでもいるつもりでいたら、はるは膝から崩れるように後ろへ倒れる。あっけに取られていると、彼女は、あーあと空を仰いだ。

「嫌だ、なんて言ったら困る?」

その目元はもう赤く腫れあがっていた。
俺は、はるの頭の上にしゃがむ。
涙を拭ってやろうとして、ハンカチに手を伸ばして気付いた。もうその役目は、自分にはない。

「後悔させてやる。うちを振ったこと」

はるは鼻をすすってから、拳をこちらへ突き出す。

「どうやって。今度こそ物理的に?」
「うーん、それはこれから考えるよ。でも絶対させてやる」

俺のでこをちょんと打つと、力が抜けたようにはるは腕を下ろした。
それから、長い年月を悼むようにため息をついて、勢い立ち上がる。

「さーて、それじゃあ私、席取りしてくる。劇、期待してるね」

はるは、こう言い残すと俺を置いてさっさと歩き出す。
涙を見せまいとしたのなら、わざわざ腕を引くような野暮なことはできなかった。

ちょうどチャイムが鳴る。校庭にある大時計は、もう正午を告げていた。

そろそろ、俺も準備にかかる時間だ。