「あたし、バレンタインデー並にチョコ配ることになったじゃん。笑える」

茉莉ちゃんは、パンを少しかじりながら、つま先立ちになって椅子をぎいと揺らす。

「茉莉ちゃん、足りる? ないなら私今度でも」
「あるある。たまたまよく貰ってさ、夏だから早く処分したかったし」

昼休みは、毎日楽しい。一年前じゃあ考えられないほど。

贅沢だなとふと思う。
茉莉ちゃんみたいに垢抜けた素敵な女の子と、山田くんみたく明るい調子者。それから、今宮くんのように自然体で誰にも受け入れられる男の子。しかもそれが自分の彼氏ときている。

「あーやっべ。いま思い出した。国語の教科書借りに行かないと。郁人、ついてきてくれね?」
「さすがに忘れすぎ。なんで俺まで……、いいけど」

弁当を食べ終えてすぐ、男子二人が席を立った。

「やっと行った~」茉莉ちゃんが途中まで食べたパンをしまいながら言う。
そう、いつも半分残す。私はお母さんが詰めた分だけ、すっかり完食してしまったけれど。
「なんか嬉しそうだね?」
「まぁねー。やっぱり人前だと照れるから、ちょうどよかったって感じ」
「照れる?」

そう聞いた私に、小袋が手渡される。ますます分からなかった。開けてみて、と言われるまま、中の小箱の包装をとく。ネックレスが出てきた、三連星と三日月が揺れる。

「プレゼント。趣味に合わなかったらごめんね? お返しってやつ」

可愛かった。やっぱり今は贅沢だと思った。

高校一年生まで私のホームポジションは、常にクラスの端だった。座席の位置は関係ない、いる場所を端に変えてしまう。
生来、物静かなタイプだった。姉がなににでも興味を持って飛びつく、無鉄砲だったからかもしれない。両親に怒られないよう、好かれるよう振る舞っていたらそうなったのだと思う。

幼い頃から一人でいることが多かった。

内向的。だからと言って、人と話すのが嫌いというわけではなかった。むしろ好きな方で、小さい頃は気を許した人には止まらないほど喋ったらしい。

けれど、とにかく初対面が極端に苦手だった。それは高校生の今も同じ。なにを話せばいいか、途端に浮かばなくなる。
一人ならまだしも、大勢を前にすると、最悪。その直前から心臓が急にどくどくと高く鳴って、どれだけ深呼吸をしても収まらない。

いざ話そうとするとどもり上がる。人の字を飲み込んだって、物だと思い込んでみたって当然効果ナシ。てき面した大勢が続きを待って私を見つめるのが、耐えられない。観光地の銅像みたく、ぴたり固まってしまう。

どうも私は、必要以上に否定されることを怖がっているらしい。どもり克服のため、ネットサーフィンをして知って、しっくりきた。結局、克服はできていない。

新学期が嫌いだった。

とくに最初の自己紹介は、学校生活を大きく左右する。そのせい、小学校も中学校も友達は数人。それも別段仲がいいわけでもなかった。
ただ明るいと静か、大きく分けたら同じグループというだけだった。
一度集団から浮いてしまうと、そこから溶け込むのは難しい。少なくとも私にはそうだった。転校生でもすぐに馴染んでいた子を見て、持っているものが違うと思った。

だから趣味は漫画や本を読んで、ツイッターにその感想を密かに積み重ねること。知り合いには誰にも言わない代わり、好き勝手なことを顔も知らない誰かと言い合っていた。

今では数カ月ログインしていない。アプリゲームもよくやった。面白いかは度外視だ。飽きても、惰性で続けた。もうやってはいないけれど、アカウントを売ればかなりの額になると思う。

まともに友達ができたのは高校、それも二年になってからだ。あいもかわらず失敗した自己紹介のあと、

「緊張するよな。俺も震えた」

隣の席だった今宮くんが、人懐っこい笑顔、こう声をかけてくれたのがきっかけだった。

今宮くんは私をいつも話に混ぜてくれた。おかげで山田くん、茉莉ちゃんと友達になれたとも言える。

たまに自分を、いわば白鳥の群れに紛れ込んだ、本当のアヒルのように思う。あの時引っ張っていかれなかったら、たぶん私はここにいなかった。三人楽しく話している中、孤立していたかもしれない。

だから恋愛なんて考えてもみないことだった。好きな人はできたことがない。中学校、色づきだしたクラスメイトが話す恋話は、聞こえてくるたび自分とは無縁のことのように思えた。告白だって、今宮くんを除けば、一度ツイッターであったくらい。それはブロックして終わりだった。

そう思えば、やはり幸せだ。
これ以上、望むべきではないのかもしれない。けれど。置かれた状況で、どうしても不満や欲求は湧き出てくる。

茉莉ちゃんの言葉も頭にあった。帰りがけ、私はまた今宮くんを一緒に帰ろうと誘った。わざわざ日直の彼を待って、だ。けれど、今日とてなにも切り出せない。二人になるとどうもうまくいかない。

「やー、ほんとよく会う。昨日ぶり! 今日も二人で帰ってるんだ?」

そして、そのまま、はるちゃんに連日の遭遇をした。

「またはるに会うなんて。今日はちょっと遅くなったから、ないと思ってたな」
「うちも! 昨日より学校出たの遅れたんだー、日直だったから」
「同じだ……。これ被るってなかなかないよな」

今宮くんが気安そうに会話をする。私はまた一歩遅れたところを、俯いて歩いた。

「いっちゃんは、習い事とか部活とかしてた?」
「うん、ピアノとか。もう全然弾けないけど」

「やっぱお嬢様だ! 格好いい! 大違いだねぇ、部活がお料理クラブの誰かさんとは。こんな出来る子もったいない」
「はるも一緒だろ。俺たち中学の時、家庭科部だったの」
「うちのことはいいの! ちなみに山田くんは中学の時も剣道部だったよ。三年生の時、同じクラスで、一回友達に誘われて応援行ったなぁ」

はるちゃんがいたら、話題には困らなかった。
話が弾む。私の知らない、今宮くんや、山田くんの昔の話も聞けた。彼女が通っている漫画の専門学校の話は、なんだか高校の話とは思えなくて面白かった。

「じゃあまた来週な、栗原さん。夏風邪には気をつけて」

けれど、悶々とする。なにも言えない自分に、それから今宮くんにも、はるちゃんにもだ。なのに、思いは靄のまましずくにならず、言葉にならない。原因不明に、胸の七分目くらいで痞える。

急にずきと痛んだ頭を抑えながら、バス停に向かう。私のは結構重くて、薬を飲んでいても辛い。私の家は、学校から遠い。バスで山一つを越えた先だ。本当は歩いて帰るような距離にはない。