中学二年、思いがけず告白されて部活の先輩と付き合った時も、似たような理由だった。

あの頃は、はるが全てだった。振り返れば、たぶん幼馴染以上に好いていたのだと思う。その一方で、俺が彼女を縛り付けているような後ろ暗さもあった。はるが別の誰かの話をするたび、募るそれを晴らすための、自分本位だった。
つまり過ちと分かっていながら、俺は同じことを繰り返したのだ。

ただ一つ違ったのは、栗原さんと付き合ううち、少なからず彼女に惹かれていったこと。

二人で歩いた帰り道は、回を重ねるごとに緊張してしまって、はるに会うまではいつもチグハグな雰囲気になってしまった。一回きりしか誘えなかったデートも、本当は最後まで二人で、なんて後から思った。文化祭の役回りだって、心の奥では、栗原さんと一緒がいい、そう思っていた。けれど、始まりが始まりだ。栗原さんが同じ気持ちでいてくれている自信はなかったから、俺は行動を起こせなかった。

振られた時は、あぁそうだよなという諦めと、未練がましい悲しみとが入混じって、わけが分からなくなった。なにも手に着かなくなって、そして、俺はそれら全てをなかったように振る舞うことにした。

文化祭を進めるため、大義名分に隠して、結局は自分のために。

「えっと、責めたかったわけじゃないの。ねぇもうちょっと聞いて。お願い」

切な声だった。はっとして、俺は爪で掻いたガムテープを端だけ浮かせたまま、気づけばまた俯いていた顔をあげる。

「私は今からでも、今宮くんのことちゃんと知りたい。だからさ、よかったら教えてくれないかな。もちろん今すぐとか、そういうこと言ってるわけじゃないよ」

針が刺さったままの胸が、今度は締め付けられる。

栗原さんは、こんなろくでもないやつに、手をさしのべてくれるのだと言う。その手を取らないのは、また悲しませてしまうだけになる、それくらいのことは分かった。

それに情けないかな、その手を取りたくて仕方がなかった。

「……時間かかるかもしれないけど」
「うん、そうだね」
「俺も知りたい。栗原さんのこと」
「よかったー、言えて。おかげで気が晴れたよ。でも、もう新しい今宮くん、少しだけ見られた気がしてる。今宮くんも弱音吐いたりするんだな、って」

声を柔らかくして、栗原さんが言う。

「……そりゃあ。ロボットでも嘆く時代らしいよ」
「じゃあもっと言ってもいいんじゃないかな。もっと頼ってよ。今なんか私ばっかり頼りっぱなしだよ」
「俺はなにも、ほんとなにもしてない」

「今宮くんらしいね。でも、私は色々してもらったよ。最初に声かけてくれたのも、文化祭委員のことだって、付き合ったのだって。私は全部感謝してる。だから、そんなこと言わないでよ。私が悲しくなる」
「そう、か」
「うん、そうだよ。ありがとうね」

なぜか、ともすれば、泣いてしまいそうになっていた。目頭が熱い。天井を見上げて、目角で涙を堪える。
ただの承認が、ただ嬉しかった。

やっと自分を見つけてもらえた気がした、それも一番そうして欲しかった人に。
俺は最初から「自分」なんて立派なものではなく、それを求めていたのかもしれない。つくづく情けないけれど。

「今宮くん? 虫でもいた?」
「なんにもないよ、模様見てたんだ」

煙に巻いて、立ち上がる。

水分を目元に奪われたのか、やけに口内が乾いていた。すっかり常温、教卓の上に放置していたミルクティーを空にする。

「ねぇそれ、使えるかも」

栗原さんが思いついたように言った。

よく分からずに俺が眉を顰めていると、容器を取って廊下へ出ていく。やっと心が落ち着いてきた頃、彼女はボトルに水をなみなみについで戻ってきた。その外側にダンボールを巻きはじめる。工作でも眺めている気分でいると、

「銀杏、下に重しつければ立つかもしれないって思ったの。どうかな」

栗原さんが若干興奮気味に教えてくれた。

「……なるほど。でも足りる?」
「もう少し重さがあった方がいいかも。買いに行こっか」

ついに、のぞいた光だった。これでもかと一番安かった六甲のおいしい水を買い、抱えて持ち帰る。

果たして、ハリボテは再び立った。それも初めより、安定感がずっと増している。二人、ハイタッチを交わす。既に八時が迫っていた。このあと教師に叱られるのは分かっていて、それでも喜び合った。

帰る段になる。黒板を眺めて、栗原さんが首を傾げた。

「今宮くんの名前、ここにあったと思うんだけど」
「あぁ自分で消したんだ」

言ってから、訂正を継ぐ。

「あ、いや別に俺はクラスの一員じゃないとかマイナス思考になったわけじゃなくて。絵を消しちゃって、俺じゃあ下手すぎた」
「じゃあ描き直そう? 美術の評点はいくつなの」
「三。恥ずかしいことに」

「ふふ、赤点すれすれ。じゃあ私が描く。六だし」
「それも高くはないな」
「だってセンスないんだもん」

描き直してもらった扇型の葉は、やはり少し歪な形になった。
けれど、それがよかった。