いつもは混雑しているバス停も、ここまで遅いと誰もいない。
携帯を取り出す。細かく震える手で、マッチングアプリを開いた。例の公務員から昨日の夜にメッセージが送られてきていた。
今日ならどうか、とある。エンジンの音がして顔を上げる。都合がいいのか悪いのか、ちょうど駅前へ向かうバスが来ていた。いいよ、返事をしてから乗り込んだ。
どうせ家には誰もいない。今日はもう帰らなくてもいいやと思った。どうしても一人にはなりたくなかった。
今宮のどこを好きだったのだろう。バスに揺られつつ思う。
これといった理由は浮かばない。気づけば好きだった。
小説にもフィルムにも向かない、地味な恋だったなと思う。平版で、似たようなシーンを繰り返すだけで終わってしまう、動きのない恋だった。せいぜい始まりくらいのものか。だったら引き際だけ派手になんて、そんなわけにもいかない。このままフェードアウトが似合いだ。
駅前に着く。
化粧を直してから向かった待ち合わせの場所は、人気の少ない公園だった。駅近の喧騒に置いていかれたみたい、ブランコが一つだけ吊るされた、無機質な風景。風に吹かれるたび、金具の摩擦音が悲しげに鳴っていた。
ベンチに座る。スマホを開く。
約束した時間まであと五分、確認してから清涼タブレットを噛む。何回も噛んだ。昨日のチョコレートと違って、舌が焼かれるように辛かった。あと五分で、素性も知らない誰かがくる。ご飯を食べながらちょっと話して、たぶんあとはホテル。ここからだってネオンが見えていた、徒歩五分くらいだろう。怖くても、一人の方が今は怖かった。
そうしたら君にはさようならだ。
こんなに好きだったと今さら気づくのが私らしい。一回は私のこと好きかなんて、茶化してでも聞いてみればよかったな。でも、もう間に合わない。
それじゃあね。ばいばい。別れの挨拶くらいすればよかった。まだ昇降口で待っていたら、明日謝らないと。
嗚咽が止まらなくなっていた。喉の奥が痙攣して、声の出し方を忘れてしまったみたい。
マスカラやファンデーションが浮いて、にび色になった涙が滴る。それはまるで醜さの結晶のようだった。私がこれまで見て見ぬ振りで積み上げてきた、負。
濡れた画面を裾で拭い、顔に袖を撫で付ける。制服が、私の身体が、負に染まっていく。このまま輪郭が薄れて暗闇に溶けられてしまえばいいのに、けれどそうもいかないらしい。どうしても取り残される。こんなに泣きじゃくっていたら、当たり前だ。
たぶんひどい顔をしていた。
幻滅して帰られてしまうかもしれない。でも鏡を見る気にも、セルフィーをする気にもなれなかった。
時間になった。ちょうどに、砂利を踏む音がしてそれが近づいてきた。私は俯き、髪で顔を覆ってそれを聞く。気配がすぐ目の前にしたところで顔を上げた。
「なにしてんだよ、青木」
今宮がいた。