私は訳もわからず取り乱して、掴んだそばの鞄を投げつける。また開きっぱなしで、荷物が漏れた。それを見せないよう片す。

「なに、ずっと見てたの。気持ち悪い」
「さっき通りがかった、って言っても信じないよな。俺の家、この方面なんだよ。ここ、昼寝に最適なのは同意する」
「知らないよ、そんなこと」

きっと睨んだ。けれど、今宮は動じない。
表情はそのまま、視線だけ街並みに移す。小高いところにあって、近くの住宅街がよく見下ろせた。

今宮は、私のさぼりについてはなにも触れてこなかった。教室でみたく、当たり障りない話題が持ち出される。わざと避けられているようで、腹が立った。

「なんなの、当てつけのつもり? 注意でもしたいの」

憤りむなしく、今宮はただ首を振る。その澄ました態度が、一層私をあおった。

「なにが目的か知らないけど、もう私に関わらないでくれない? 大体、避けられてるの分からないの」
「分かるよ。山田じゃあるまいし」
「じゃあなんで」
「似てると思ったんだ」

目尻が引きつった。

「はぁ。誰に? あんたのママに? 気持ち悪い」
「違う、俺とだ」
「どこも似てないと思う。あんたはしっかりしてるけど、あたしは学校もまともに行かない、ろくでなしだよ」
「じゃあ同じだな」

そう前置きしてから、今宮は自分の境遇を話し出した。母がいないこと、その代わりを彼がしていること。そして、たまにどうして自分だけと思うから、ろくでなしなのだと言う。

そんなことでろくでなしなら、誰も彼もが当てはまる。そう物言いをつけようと思ったが、事情を聞いた分、躊躇いが生まれていたところ

「全部、どうにでもなれ」

今宮が靴を蹴り飛ばした。青色、ナイキの靴が模様を回転させながら夕焼けを舞う。そのまま、さっきまで猫がいた砂場に落ちていった。

「──なんて、たまに思う。思うだけで、俺はこうやってストレス散らすくらいしかできないんだけどさ。青木も飛ばしたら、案外すっきりする。まぁ自信ないならいいよ、別に」

安い挑発だった。けれど、その時は乗ってしまった。

私はローファーのかかとを外して、右足を振り切る。小学生の頃でもやったことがなかった。イメージしていた放物線とはならず、ライナーで地面へ直行。転がって、砂場のへりで止まった。

「全然だな。俺の勝ち、って言ってもなにもないけど」

今宮が、片足立ちで取りに向かう。まっすぐ靴の方へ、しかしそのまま、へりに躓いて砂場に頭から突っ込んでいった。
戸惑いで、えぇと声が漏れる。ついでにと思っていたが、こうなれば自分で取りに行くしかない。同じように片足で近づいてみると、足を掴まれた。声をあげる間もなく、砂地へ引き込まれる。見事に、顔から突っ伏した。

「なにすんの?!」

顔を砂から返す。怒鳴りつけてやるつもりで見た彼の顔は、髪から顎先まで、砂利まみれになっていた。それで怒りが立ち消えになって、笑ってしまった。今宮もつられたのか、私の顔も砂まみれだったからか、笑いだす。
夕暮れ人気のない公園、しんと冴えた空気に笑い声が二つ響いた。ひとしきりやって、収まってから彼が言った。

「俺は個人的に、青木がいてくれると嬉しいよ」

そこまで言う理由がどこにあったのかは、未だに知らない。

そもそも、なかったのかもしれないと思っている。
日が暮れるまで話をした。馴れ合わない、一年前に私が作った勝手な線引きは、簡単に消えていった。本当は誰よりそれを、私が私であれる場所を求めていた。単純にも、もしかしたらその場所を見つけた、そう思った。

帰り際、今宮は詫びにとミックスジュースを一本奢ってくれた。安い賠償だった、これくらいじゃあ許さないとも言った。

でも嬉しかった。その時のプルトップは、記念にと今も財布にしまってある。次の日、学校に行くと今宮は前日のことはなにも触れなかった。体調良くなってよかったよ、と笑っていた。

それから、私はきちんと学校へ通うようになった。カーテンはどこかへ消えて、よく眠れるようになった。



待ち合わせ場所へと向かうバスの中、思い返していたら会う気分でもなくなった。
とにかく今は一人、この思いを大切に抱えていたかった。

例の公務員に断りを入れた。