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「変な気分だな、荷物なしで駅前歩いてるの」
「学校抜け出して、さぼりでもしてる気分」
「そう、それ。慣れてないからちょっと興奮してる。中学生みたいかな」

駅に着いて、銀行横の小径を行く。

幼い頃にはお世話になったこともある散髪屋の前を折れて、大手塾の入ったビルを過ぎる。

今宮の弟が、ここに通っているらしい。中学受験をさせると父親が言って聞かないそうだ。私たちより賢いんじゃない。そんな話をしつつ、電車の高架をくぐった。抜けた先に、ショッピングモールがある。

逆瀬川の駅直通で、ひとまずのものはここで揃う中型の施設だ。買い出しには、アクセスも店舗数も最適だった。

「早速買い物もいいけど、先に少しだけ本見て行ってもいい? 俺、久しぶりに駅まで降りてきたから」
「うん、いいんじゃない。お金使い込まなかったら。ねぇ初めから本屋行くつもりだったでしょ。わざわざ高架下通るなんて」
「名推理、でも秘密な」

本屋は、入り口からすぐ右手にある。

この時間帯にもかかわらず、そこそこ賑わっていた。普段、私は滅多に本を手に取らない。読みたい雑誌も電子版で購読しているから、訪れるのは久しぶりだった。配置が昔とは大きく変更になっていた。新鮮な気持ちで、陳列棚を見ていく。

同じ制服を着たグループもいて、これはどうだと受験の参考書を吟味していた。タイの色で三年生と分かった。来年の今頃は、もう真っ只中だ。彼らは文化祭ムードとも言っていられないのだろう。

「青木。早い方がいいって言うけど、もう勉強始めるの?」
「ううん、見てただけ。まだ進学するかも決めてないし」
「それは働くってこと?」
「それも含めて決めてない。とりあえずこのまま私立文系かな」
「俺も一緒。化学とか意味分からないし」

一年後、私はどうしているだろうか。何も考えたことがなかった。お金もなければ、特な希望もない。無理のない範囲で、その時思ったことをするのだと思う。

「まっ、まだ漫画読んでても大丈夫だよな」

漫画の新刊コーナーに移る。今宮が何冊か手に取った、その表紙を覗き込んだ。少年漫画と少女漫画、絵柄からして対照的な二冊だった。どういうチョイスなの、聞く前に教えてくれる。

「こっちは、弟がはまってるんだよ。少女漫画は、最近ネットで読んで気になって」
「乙女チックな趣味してんね」
「最初は少しくらい恋愛の勉強でもしようと思ったんだ。でも読んでみたら、これが普通に面白かった」

私は軽く内容を聞いたあと、自分も一巻を買ってみることにした。
少女漫画は、小学生の頃周りに合わせて買ったリボン以来だ。

店内を見て回る。
今宮が、旅行誌のコーナーに足を止めた。彼の家は、弟の希望で今年は広島へ行くのだと言う。宮島に寄ったら、もみじ饅頭を買ってくれるようお願いした。私の家では、最後に行ったのは幼稚園の時の長崎だ。それは親戚の結婚式のついでだったから、まともにどこかへつれて行ってもらった記憶はない。少しだけ、二人で行ったらと考えた。

「あたしだったら、猫に会いにいきたい。尾道って通ったこともないかも」
「いつか行けたらいいな、俺も猫見たい。ラーメンも食べたいな」

たぶん、彼の中では当然にみんなで、なのだろう。だが、みんなのうちの一人なら、それで十分幸福だ。旅行誌も買い物かごへ入る。

「これ、さぼりの証みたいだな。鞄持ってこればよかった」

今宮がその中身を見て苦笑いを浮かべた。
私は思いついて、雑誌コーナーへと今宮を連れて行った。トートバッグ付きの主婦雑誌を何も言わずに突っ込む。今月の特集は、「色気漂う、秋にぴったりワンピース」。

「今度選んであげる」

今宮は一瞬引きつった表情を見せたが、意地になったのか、そのままレジへと向かった。
可愛いものだ。

近くのベンチで開けてみると、トートはベージュの花柄だった。私でさえ使いたくないほど、ばばくさい。それを提げてまた移動をする。

誘ってみるものか、と思った。

「埃っぽいところいたから、喉乾いちゃった。ね、喫茶店でも入らない?」
「用事あるんじゃなかったの、時間いいなら」
「長居はしないよ。それだったら誘ってない」

この辺りの喫茶店には一度も行ったことがなかった。
初めに見つけたのは地下のスーパーに併設されたレストスペースだった。地下だから、ロケーションもなにもない。カウンター席に横並びに座る。

「なぁ、時間は平気か? そのまま帰宅ってのも手じゃない?」
「ううん鞄、教室に置いてきたし。化粧道具もその中」

「デートかなにか? してなくても十分だと思うけど」
「なにが十分なの。してても分かってないだけじゃん? さっきとピン留め変えたの、気づいてないでしょ」
「……悪い。その、厳しい人が相手なんだな」

本当のことは、言えるわけがない。

ストローを回す。今日は、カフェモカにした。
上に絞ってもらったクリームが見る間に沈み溶けていく。

「誰にも会わないって。ただ家の用事。何もなくても可愛くしてたいんだよ、女の子って。もっと少女漫画読みな」
「勉強不足だった。今からこれ、読んでようかな」

今宮は頼んでいたパイナップルジュースにストローを刺しておいて、トートから買いたての漫画を取り出す。

ならって私も封を開けた。一般的な高校生の青春ストーリーだった、淀みなく読む。一話が終わったところ、ページを半分持ち上げて指を止めた。

「どうだった?」

今宮が私の手元を見ていた。

「面白いじゃん」
「だろ? 俺も一話読んで一気に買った」

また各々の世界に戻る。

胸の奥がじわりと夕陽に当てられているようだった。適度な日の光が降り注いで、身体全体をやわらかに包む。このままたとえば話が途絶えても、永く同じ空気でいられる気がした。
緩く、ぬるい。でも気が緩むのとは別だ、適度に息は浅い。
付き合うとは、案外この時間を共有することかもしれない、そう思った。今口に出せば済んでしまう、刹那の関係とはかけ離れたところにある。

知らない誰かに、山田に言えても、今宮に言えないことはいくつもある。それでも、この時間さえあれば、私たちは理解し合っていられる気がした。永いようで短い時間だった。

「俺は百円ショップ行くから、青木は手芸店行ってくれない? 逆でもいいけど詳しくないんだ。元家庭科部だけど」

少し長居がすぎたようだ。

手提げを持たされ、二手に分かれる。手芸店で衣装や小物に使えそうな布を選んでいて、ろくになにもしていないことに気づいた。
本屋に寄って、喫茶店に行った。それに、一人で満足しただけだ。

しょうもないお膳立てだったとはいえ、あまりに不甲斐ない。場数だけは踏んできたつもりだったのだけれど、なにの役にも立たなかった。

せめても、と帰りのバスでは席を数センチ詰めた。女の武器は匂いだ、けれどさして効果はなかった。

学校に戻るとすぐに出なければ間に合わない時間になっていた。クラスメイトたちは行きしに見た時より更に活気付いていて、場が騒がしい。

「じゃあ、あたし帰るから」

届いたかはわからなかった。今宮は別のクラスメイトと歓談をしていて、鞄を持った私に遅れて気づくと手を挙げる。

一果や山田は、まだ練習中なのだろう。姿は見えなかった。

賑やかしい教室を背にすると、私だけが除け者にされたみたいで寂しい気がしてくる。後ろ髪を引かれつつも、エントランスへ向かった。傘立てに鞄を仮置きする。

下駄箱を開けると、見慣れない箱が入っていた。チョコレートだった。ミルクストロベリーで、それも砂糖が原材料の頭にきている。食べずとも分かる、ど甘いものだった。いいYouTubeだった、と丸字で書かれた紙が添えてある。

「……こんなの、甘すぎるじゃん絶対」

まぁこれくらいが好きなのだけど。

場所も最悪だ。わざわざ匂いが篭る場所に入れなくたっていい。手渡してくれれば、笑顔で受け取ったのに。
それが好きなのだけど。