アピールしてみたら、山田の戯言をふと思い出す。
喉を鳴らして少しでも高い声を、と心がけてみる。声が低いのは、自分でも気になっている点だ。
「あと四千五百円あるよ。なんでも買えるけど、いらないもの買っても仕方ないから難しいねぇ。あ、二人でご飯でも行く? かごのや、とか贅沢できんじゃん?」
「それもいいな、たまにはぱっとやるか。予約取ろうか」
「まぁ冗談だけどさ」
けれど、それでは趣旨が違う気がして、言葉の最後には元の音域に戻っていった。それこそ、出会い系アプリで会った人と初めて話す時のようでくすぐったかった。
そこへ山田が衣装を手にしてやってくる。冒頭シーンの成人式で着るジャケットスーツだ。
「どうよ、似合いそうじゃね? 明日から社会人にでもなるかなぁ」
「へぇいいスーツだな。なにになりたい?」
「そうだな、公務員にでもなるか。時代は安定性って言うし」
公務員、につい眉が反応してしまった。
実は今日、例の三十代公務員と会うことになっていた。土日のうちにしつこく誘われたのだ。夕方五時半に駅前はずれの公園、とのことで、既に他の委員三人には早めに帰るとだけ伝えてある。
今日、母は夜勤だ。咎める人は誰もいない。もちろん危険なのは承知で話を聞いてもらえるなら、と思った。知らない人相手だからこそ、できる話もある。
「私、着替えてきたよ。どうかな、廊下歩いてたらみんなに見られて恥ずかしかった」
輪に一果が加わる。
リーディングレッドを基調にしたサロペットが、まず目を引いた。髪もコテでゆるく巻かれていて普段より大人っぽく大胆な印象になっている。けれど裾のあたりをきゅっと握っているあたり、あどけなさも残っていた。
むしろスカートの下にロングジャージ、私の方が恥ずかしくなってくる。
私の視線に気づいたのか、
「お姉ちゃんが成人式で着たやつなんだ。背が低いから、丈がちょっと余って。さっきからずっと持ちあげてるの」
なるほどサイズが合っていなかったらしい。よく見ると、肩ひももやや緩そうだ。
「大変だなぁ。でも、王室のロイヤルガールみたい。あ、ステージ全体に真っ白なカーペットでも敷く? 汚れも抑えられるし、色味もよさそうじゃん。それに、ちょうどお金もある」今宮が出納帳を上下に揺らして言う。
「ふふっ、でもせっかく決まったのに話変わっちゃうよ。せっかく、はるちゃんと考えたやつなのに」
「そこはー、シンデレラとか出来合いのやつに変えよう。山田はどう、悪くないだろ。お前は王子様に格上げだ」
「タキシード買わねーとなぁ。五千円でオーダーメイドしてくれよ、家庭科部さん」
「法外すぎるだろ、色々。昔の話だし」
三人が仲睦まじそうに、掛け合いをする。
山田の一件から、今宮も一果ももうすっかり元のよう、また無駄話をできるようになった。二人の時の彼らを見ていても、特に気にする様子はない、なになら和気藹々としている。元々今宮も一果も、お互いを思うがゆえに、すれ違っていたのだろう。噛み合い出せば、うまくいくのは早い。そもそも邪魔さえしていなければ、そのまま上手くいっていたかもしれない。
「はーい、馬鹿言ってないで、そろそろ買うもの決めるよ。そっちは何か足りてないものある?」
私は、一つ手を叩く。
すると、山田や一果からは、いくつか制作してほしい小道具が挙がった。実際に演じているのと、プロットを見ているだけとは違うのだろう。
後は誰が買いに行くか。山田が私を目で伺ってから、口角を左に上げる。ぞっと、背筋が震えた。そして嫌な予感は当たった。
「郁人と青木、二人で買い出し行ってこいよ。どっちにしても、委員以外には金渡せないルールだし」
これが手を貸してやったつもりなのだろうか。演技と変わらず下手くそで、冷や汗がにじんだ。
無用な世話焼きだ。あからさまなことはしたくなかった。
「でも今日早いんじゃなかったっけ。山田と俺でも別に」と言っても、当の今宮は気づいていないようだった。
「アホ言え。俺、これからスーツ着て、軽い通し練習だから悪いけどパス」
「うん。みんな山田くん着替え終わるの待ってるかも」
「えっ、早いな。主役は遅れてやってくる……ってわけにも行かないよな。じゃあそういうわけだから、よろしくな。来年以降の後輩のために!」
劇の主演、二人が慌ただしく去っていく。練習は教室ではなく、道具置き場でもある別棟の仮教室でやっている。
「俺一人でもいいけど、どうする?」
「……どっちがいいの、今宮は」
「いてくれると嬉しいよ。一人じゃ荷物持ちきれない。それに、青木と話してるとすぐ時間経つから」
反則を取りたい答えだった。そう言われたら、断るなんてできない。
「行く。今宮のYouTube代わりになってあげる。じゃあ着替えてくる。このまんまじゃ街中の人に笑われちゃう」
ファンデも、チークも直さなければ。全て完璧に決めて行こうと思った。