二
文化祭の準備は、残り二週間を切って佳境を迎えていた。
足踏みしていられる段階ではなくなって、曲がりなりにも本番へ向けて準備が加速する。
今宮と二人担当している道具制作も、かなり形になってきていた。人手が充足しているのがなにより大きい。
放課後の集まりは一果や山田の呼びかけのおかげか、それとも単に中だるみ期間を越えたのか、再び参加者が増え始めていた。
机を寄せ作業スペースを作った教室の端、床に座って背景絵である銀杏の木を塗る作業をしつつ、私は全体を見回す。
ようやく活気やまとまりが出てきた。誰もが和気あいあいとして楽しそうにやっている。クラス全体が同じ方向へ、同じ空気を
共有して一つになっていく。そういう感覚は、嫌いではない。柄ではないけれど。さぁもうひと頑張り、袖をまくって
「うげ〜」
べったり、肘に絵の具が付いていた。シャツにも色が染みている。引っ張ってきて覗き込んでいると、
「大変じゃん! 青木さん、ウェットティッシュいる?」
たまたま近くにいた高橋さんが救いの手をのべてくれた。処置が早かったからか、色が変わったのは最小限だった。あとは除光液で綺麗に落ちるらしい。彼女の属する美術部では日常茶飯事だそうだ。
そのまま話をすることになる。これまで特に親しくしていたわけではない。けれど、砕けて
「青木さんは、この土日はなにしてたの」
「あたし? 聞いてもつまんないよ。家で宿題して、家で寝てた。つまんないでしょ、おかげで月曜なのに調子いいけど」
「うふふ、同じだからなにも言えない。ってか、もう話終わっちゃったね。結構インドア派なの?」
「見えないってよく言われるけど、ばりばりね。高橋さんは?」
「一緒だよ。家でお母さんと映画見てたの。古いの見るのが好きでローマの休日とかタイタニックとか──」
よく舌の回る子だ、と思った。勝手に大人しいと認定していたから、気圧される。
「へぇ二人ともインドア派なんだ。僕もそう、ずーっとスマホ見てたら気づいたら夜中とかざら」
近くにいた別のクラスメイトも混じってきた。
一果以外の子とこうして長く喋るのはそうないから、汚したばかりなのに下ろしたての服を着ているような気分になった。
これまでは一言二言交わすくらい、誰にと限らず同級生とは極力うわべの付き合いをしてきた。
「青木さん、面白いなぁ。こんなに話しやすいって思わなかった」
「そ? ありがとう、でも元の印象知りたいよ」
中学生の時で、馴れ合いには懲りたのだ。
私は家にない居場所を外に求めて、誰にも愛想よく接した。嫌われたくない、という思いがいつもあって、自分の縁を常に削るようにして過ごしていた。
少しでも意見が食い違ったら、笑顔で相手の言う通りにした。態度だって中学生らしからぬほど低姿勢。それが勘違いの引き金を引いたらしい。
その気はないのに、男子を誘惑しているだとか猫かぶりだとか糾弾されて一部の女子からは卒業するまで疎まれた。
実際、同級生・上級者問わず何人にも告白された。その時だ、男の単純さを知ったのは。心から自分を好いてくれる誰かがいても、目の前、上っ面だけの小さな優しさに簡単に騙される。それは歳上であればあるほどそうかもしれない。
「青木、楽しそうじゃん」
後ろからの声かけに振り向く。今宮が中腰、顔の高さを合わせたところで、にっと笑っていた。その表情は、「友達できてよかったじゃん」とでも言わんばかりで、私はふいっとよそを向く。
「おいおい、話があるんだって。高橋さん、青木借りていくけど、いい?」
「うん、あとで返してね」
「二人とも、ものみたいに言わないで」
少し照れたくもなるやり取りだった。それでも髪先を弄って、気にしていないよう振る舞う。
今宮の用件は、予算についてだった。基本的に必要な材料は、近所から無料で貰えるダンボールや各人の持ち込みで賄っているのだけれど、どうしても買い揃えなければいけないものは、学校へ請求もできる。もちろん額は有限で、基本的には使い切ることが伝統になっている。そうでなければ、次の年からは減らされてしまうらしい。
「なんか必要なものとかない? んー、俺の家で使えたらなぁ。新しいフライパン買うんだけど」
今宮のつけていた出納帳を見ると、今回はまだ残りが五千円近くあった。
「そこの主夫、小さい夢語ってないで使い道考えなよ」
「小さいからいいんだよ。叶えようと思ったら簡単だけど、絶対いるものじゃないから後回しになる。でもそれができるくらいの余裕を持つって適度な目標になるじゃん。と、それは置いといて、いるとしたらガムテープとか?」
「うーん、細かい木材とかあるといいんじゃない。予備で持ってたら色々便利そう。あとは賑やかしの造花とか。全部百円均一で済むけど」
今宮は頷きながら、メモ帳にペンを走らせる。
丸っぽい字だ、悔しいことに私より女子らしい。私はノートの使い出しは丁寧でも、あとは殴り書いてしまう。参考にするつもりで筆致を見ていたら、今宮は私の提案した分を書き終えて、すぐに顔を上げた。
「なんも思いつかないんだ」
「悪かったな、その通りだ」
目が合って、二人笑い揃った。