彼氏は半年前に別れたきりいない。
それは、このアプリから交際に発展した。好きだった、なんて甘いことはない。数行のやりとりの後会うことになって、その場で告白されたのだ。
高価なバッグや時計をこれ見よがしに持つような、鼻だけ立派に伸びた営業マン風の男だった。彼の自称だが大手会社勤務だと言う。
その日は初対面にもかかわらず、料亭に連れられバッグをプレゼントされていた。断りにくかった。
それに私は、ただご飯を馳走してくれて話を聞いてくれれば、それでよかった。私がそんな姿勢だからか、長く持った試しがない。
短いのは一週間、私立大学生が相手で、家への誘いがしつこかったから捨てた。プラスチックゴミの日だった。
彼氏が欲しくないわけじゃない。でも、それが口癖になるような周りの子よりたぶんずっと意欲は低い。アプリではもう作らないと決めたし、歳上ばかりと付き合ってきたから、今さら同級生たちはぱっとしない。山田との関係をよく疑われるが、馬鹿は嫌いなのだ、正直ありえない。今宮だって、もういい。考えてみれば優しすぎるのは趣味じゃなかった。
思い出したように、私は麺をすする。水を含みすぎたそれはさらに不味くなっていた。
「……まずい、なんか生臭い」
呟きが、静けさの中に薄れていく。それとはまるで無関係に、テレビの中では芸能人が甲走った声で騒ぎ立てていた。
孤独はどこまでいってもつまらない。けれど、それを差し置いても一人の世界が安穏なのは知っている。どちらも、今の私にはしっくりこなかった。
スープの表面にはもう油の膜が張っていた。その横、ガラスのテーブルに反射した自分の姿を見つける。思えば彼女だけはどんな時もずっと近くにいた。同じ見た目に育ってきた。でも今、私は彼女のことが全ては分からない。
さすがにもう食べられたものではない。残りは全てシンクへ流して戻ってくる。その時、リリリとスマホが鳴った。
「あ、茉莉ちゃん? ごめんね、遅くに」
一果からだった。
私はテレビを消して、スマホのスピーカーをオンにする。重たい空気は全て一度吐いて、軽さを装う。
「ううん。どうしたの」
「ちょっと文化祭のことで、相談したいことがあったんだ。土日も教室使っていいって先生が言うから、練習増やせないかなと思って」
「へぇいいじゃん。やっとシナリオも完成したことだしね。やろう、ウチのクラス遅れてるし」
何気なく言ってから、失言だったか、と私は口をつぐんだ。これでは一果を責めているみたく思われかねない。
「うん、でもまだまだ時間あるよ。これから頑張ろう? じゃあ、あとでクラスラインに流しとくね」
しかし、無用の心配だったらしい。
「一果、なんか元気になったねぇ」
それからリーダーらしくもなった。前までなら、私が代りに送っていた案件だ。
「え、そうかな。はるちゃんと喫茶店に行ったから、かな。ちょっと気まずかったんだけど、ちゃんとお話しできて仲直りできたんだ」
「山田に告白されたおかげじゃない?」
「もう、からかわないでよ」
求めていた通りの反応だった。私が笑うと一果もつられて笑う。部屋中を巻いていた寂しさが一時的に立ち消えになった。
一果は素直だ。
なにが変わっても、それは同じらしい。
そもそも、彼女と親友になったのは、私がそこに憧れたからだった。はじめはどうせ純真無垢を演じているのだろうと思っていたのだが、彼女は仮面の一枚被っていなかった。猫かぶりをスイッチ一つで平気でやるような私とは、正反対だ。
その証とも言えようマッチングアプリから、ちょうど通知がある。公務員の男からだった。もう会って話したいそうだ、気の早いことである。
「茉莉ちゃん、誰かから電話? 切ってもいいよ」
「ただのピザ屋のクーポン通知。むしろ切らせないよ」