向かいの道路に、バスが来る気配はなかった。時刻表を見ればその方が早かったのかもしれない。けれど大人しく待っているほど、悠長にはいられない。鞄を肩で持って、全力で上り坂を駆け出した。
とにかく地面を思い切り強く蹴った。不格好で情けないフォームだ、途中ですれ違った陸上部と比べたら醜いもいいところ。でも、走った。
とにかく足は可能な限りの大股で前へ。ペース配分なぞ考えられもしなかった。一昨日の疲労も抜けきっていたわけではなくて、すぐに身体が重くなってきた。呼吸だけが大きくなる、喉がはち切れそうだった。少ししたら、息切れ、動悸、めまいがいっぺんに訪れた。救心錠剤が必要かもしれない。でも、走る。
「いってぇな、もう」
小さな段差に躓く。膝に擦り傷を負った俺の横を、無情にもバスが追い越して行った。
俺は馬鹿だ、あれに乗っていればよかったのに。
けれど、馬鹿には馬鹿なりの作法がある。すぐに立ち上がって、また足を前へ。
気力だけは空になる気配がなかった。少しでも身軽にと鞄をその辺りに投げ捨てる。名前を書いてあってよかった、こんな時に役に立つ。スラックスが内股に貼りつくから、捲り上げた。
シャツのボタンを無理に開け放ったせい、ボタンが飛んだけれど、それはもういい。今はただ一秒でも早く、あいつらのところへ行きたい。あとのことはもう知らない、今はそれだけだった。
下校する生徒たちの特異なものを見る衆目を集めつつ、校門をくぐる。運悪く生徒指導に出くわしたが、今はどうしてもと振り切った。
階段を段飛ばしに行く、そして教室の扉を押し開いた。
「驚いた、それにどうしたよその格好。土足じゃん」
黒板の前に立っていた郁人が、チョークを黒板に掛けたまま目を丸くする。
教室には、委員の三人しかいなかった。栗原も青木も、俺の方に顔をやる。
「来ないかと思ったな」
「……そのつもりだった。えっと、体操着忘れたから」
「げ、金曜日から置きっ放し?」
「悪いかよ。たまにはやるだろ、郁人だって前、弁当箱置きっ放しにしてたじゃねぇか」
女子二人から、不快そうな視線が投げられるのを無視する。
郁人のいる教壇の上へと床に土をつけながら進んだ。そして、この通りと角度深く頭を下げる。
「この前は突然電話切って悪かった。あと、郁人、俺はお前とこの先もずっと親友でいたい」
呆気に取られたようだった、そりゃあ流れもなにもあったもんじゃない。
だから受け止められ方は気にしないこととして、俺は栗原の方を向いた。
「それから、好きだ栗原。俺と付き合って欲しい」
君じゃなきゃいけない。
俺が好きなのは、どうしても君だ。
単純明快な話だったのだ、親友も恋人も俺はどっちも欲しい。
手に入るかは別にして、欲しがるのは自由だろう。
「あの、えっと……山田くん──」
「あぁ答えは今じゃなくていいから。会議途中だったんだろ、続きやろうぜ。なにの話、ストーリー? もういっそゆるキャラの主人公とかに変えちゃうとかどうよ」
「それは、その、どうかと思う……」
劇的に話が進んだわけではなかった。けれど、行き詰まり打開への糸口が見えたところでお開きになる。
さすがに、度が過ぎただろうか。
郁人らが別棟でやっている道具制作の方へと移ったあと、教室でうなだれる。一人だと思っていたら、元共謀者が扉にもたれてそれを見ていた。
「あたし、なんも聞いてないんだけど? それ以前にほんと馬鹿、山田って」
「おう、そうらしいわ」
たぎり、思い切り、これきり。
でもこんなのは、金輪際ごめんだ。