四


郁人と初めて学校以外で会う約束をした時、ここで日暮れまで話をした。

初夏頃だった。
夕間暮れの河川敷は、川に浮かぶオレンジの粒が綺麗で、ぬるめの風が肌触りよく吹いていた。

もうずっとこの町に住んでいるのに、川中の台から噴水が上がることはこの時知った。

驚いて素っ頓狂な声を上げてしまって、郁人と笑った。もう一年以上も前の話だ、まだ今より浅い関係だった。

中学校の頃まで、彼とは別段仲がいいわけではなかった。二年生の頃は同じクラスだったから、近くになれば話すこともあった。

けれどそれくらいで、俺は教室の真ん中で馬鹿をやるグループにいた。郁人は浮いているわけではなかったけれど、どこにも属していなかった。
伏見と二人で過ごしていることがほとんどだった。

ようやくまともに関わりあうことになったのは、高校生になってからだ。

同じ学校出身のクラスメイトは郁人だけ。奇妙な連帯感から、よく二人で行動をした。打算的な狙いもあった。郁人は贔屓目に見なくとも容姿が整っている。
その隣にいれば、女子から注目の的になれるかもしれない。けれど結果から言うなら、そんな下卑な思いはすぐに失せた。


郁人は、人間のできた奴だった。
人当たりよく、誰にも分け隔てなく接する。そんな対応も高校生らしからぬほど落ち着いた雰囲気も気に入って、いつしかコンビと呼ばれるまでになっていた。だからこそ、腹が立つのだ。

栗原のこと、好きじゃないから。

考えないことはできても、忘れることなんてできなかった。喉元につっかえた言葉が蒸し返ってくる。

胃が焼けるような心地がした。一人感情的になりかけて、文句の一つ叫ぼうと息を吸う。しかし川の青臭い匂いに、鼻から空気が抜けた。

土手に投げ出していた足であぐらを組む。黒く不気味に揺れる川面を、ひたすらに眺めた。そこにまた彼らの顔が浮かび上がってきたから、なにか別のものをと念じて

「もしかして、柳? 久しぶり~、高橋だよ。全然気づかなかった。変わったね」
「俺は髪の色だけ。服装は、そう。古着にはまったんだ」

入れ替わりに出てきたのは、劇の台詞だった。

上手に演じられるかはともかく、何度もやった序盤は一句と違わず諳んじられる。
主人公の高橋は、会わないうちに上京した東京で派手な遊びを覚えた大学生。けれど口下手なのは変わらない、という妙にリアルな設定をしている。

「その、なんだ。ほんと綺麗になったな」

響く程度にこう発したところで、背に人の気配がした。
気まずさから慌てて黙り、なにもなかったよう振る舞う。通り過ぎるのを待っていたら、

「こんなところで練習してたの?」

栗原の声だった。

普通に返事をしかけて、驚き振り向く。見まごうわけもなく、本人だった。

「……なんでいるの」
「私は、えっと今宮くんから、山田くんが帰ってないって話聞いて──。とにかく! みんな手分けして探してるし、心配してる。もう日付変わってる。危ないよ」

もうそんな時間になっていたとは。携帯を引っ張り出すと、てっぺんを半刻回っている。

母には部活以外の用事を告げていなかった。あまりに遅いから中学の連絡網でもたどって、郁人の家に連絡したのだろうか。いずれにしても

「……栗原のが危ねぇって、女ひとりで。というか門限は?」
「こっそり出てきちゃった。私の家、寝るの早いんだ。だからばれてない。と思う。心配だったの、その、返信なかったし」そういえば、昨日はすぐに郁人に電話をかけてしまって返さないままだった。

「大体、私なんてお金も持ってないし大丈夫だよ」
「そういうことじゃねぇって。栗原はもう少し自分の見方変えた方が……って、もうそれはいいや。で、なに。連れ戻しにきたの」
「うん、帰ろう?」

栗原は部屋着のまま出てきたらしい、薄手のボーダーシャツと短い綿のパンツだけという軽装だった。寝る前だったのだろうか、後ろ毛はぼさっと跳ねている。

敵わない、可愛い。

俺は自分をいさめるように頭をかいた。

「なぁ、まだ見つけたって誰にも言ってないんだよな」
「え、うん。まだだけど。帰らないつもり?」
「……いいや、帰るよ。なにも家出したわけじゃないし。帰るからさ、乗れよ。もう遅いから家まで送る」

隣に止めていたボロチャリを指す。

「え、でも。二人乗りってダメなんじゃなかったっけ」
「河川敷ならいいんだよ」

実のところ、真偽は知らない。

しかし栗原は迷う仕草を見せつつも、自転車の荷台に腰をかけた。俺はそれを認めてから、サドルに座った。ストッパーを蹴る。

そして家の方とは反対、川下へと走り出した。