「全く。道具準備もまだまだだし、台本の最後はまだ未定だから演技練習も通しとはいかないし。最近放課後の集まり、参加人数減ってるんだよね。私たちの空気が伝染してるのかも」
「まるで逆インフルエンサーだな」
「はぁ。しょうもないこと言ってないで月曜はちゃんと来なよ。ただでさえ人足りてないんだから」
「……前向きに考えとくよ」

取り合うように残り少ないポテトをさらえる。
青木は最後の一本を躊躇なく取って、ウェットティッシュで丁寧に指先を拭いた。

「はい、愚痴はおしまい。ね、日本史のノート写させてよ。また寝ちゃった」
「青木、俺にノート借りに来てるよな」
「被害妄想激しいよ~、それ。意外と真面目なんだから利用しない手ないでしょ」

授業代行サービスをやっているつもりはないのだけど。
渋々、ノートを差し出す。スマホでも弄っていようと思って、取り出してくると電源が切れていた。そういえば見過ぎたせい昼の時点で、かなり消耗していたのだった。

もう喉も渇いていなかったが、手持ち無沙汰にドリンクバーへ立とうとしたところ

「劇の動画でも見とけば? 一番下手なくせに、あぐらかいてる場合じゃないでしょ」

青木がずいと携帯を突き出す。デフォルメされたうさぎのカバーで、大きな耳が本体と同じくらい伸びていた。

「いっそ怖くね、これ。ってか邪魔──」
「うっさい。いいから見てなよ、そんなこと言ってるから壺買わされるんだ」

堪える一言だった。

浮かしかけた腰が沈む。椅子の位置を整えて、なにも言わず見ることにした。どこぞの高校演劇部の舞台映像だった。ミュージカル調が混じっていて、そのままは参考にならなさそう。一度こんな風に演じてみたら笑いを取れるかもしれないとだけ思った。

流れについていける程度に見ていたら携帯がアンニュイな音で鳴る。ピザ屋のクーポン通知だった。バナーをスワイプして除けたところ、手首を掴まれる。

握りと同様、青木の目は強張っていた。

「え。なに、そんなにピザ食べたかったの。頼めばいいじゃん」
「……そういうことじゃない。普通に恥ずかしいでしょ。デリカシーどこに置いてきたの。そんなんだからモテないんだよ」

情けないかな、これも返す言葉はない。甘んじて受け入れて、スマホを返却する。

「ちなみにどうすれば正解だった? 後学のために教えてくれ」
「え、気持ち悪い。どうしたの」
「詐欺かもしれないけど、一応明日女の子に会うわけだしと思ってだな」
「……ふーん」

結局、アドバイスはなかった。
青木がノートを写し終えたら、今日も貰ったケーキをあげて帰路に着いた。



家に帰ってすぐ、俺は部屋に挿しっぱなしにしていた充電器へと向かった。用がなくとも切れていると落ち着かない。立派な中毒者だと思いつつ、しばらく待つ。もっとも何のためにもならない時間だ。何度か電源ボタンを押しては弾かれ、やっと画面に光が灯った。

すぐにラインを開き、トーク画面を何度かスクロールする。その中に、栗原からのメッセージを見つけた。一言、大丈夫? と。それに加えるように、また一緒に練習しようねとあった。

まだはっきり喜びが湧いてきた。
もう決めたというのに俺という奴は、思って首を振る。それでも文字を目で追ってしまい、でもと決意を新たにした。

手洗いやらを済ませて、部屋に戻ってくる。そして、

「こんな時間に電話なんて珍しいな」
「わり~、バイト終わって暇でよ。そっちは?」
「皿洗い中。さっきまでは弟と野球見てたな。今日は阪神勝ったよ」

郁人からの応答は、コール音が鳴ってすぐにあった。
長話になるかもしれない、ベッドの上から抱き枕を引っ張ってきてその上に座る。