二


「へぇ。なら、そっち行ってくれてもよかったのに。別にあたしよかったのに」
「先に約束してたし。それに、わざわざ予定変更するまでじゃないって」
「まぁそう言うならいいけどさ。滅多にないんじゃない、山田のこと気になる女の子ってかなりレアだよレア」
「まぁそれはそう思う。でも、だからこそだ。……怖くね? 壺とか絵画とか売りつけられそう」

大騒ぎの夜から一日、割と本当にそうではないかと考え至っていた。

冷静になるとおかしい。酷く崩れているわけではないと思っているが、これまで容姿だけで気に入られたことなど無論ない。

しかし青木はそれを鼻で笑った。ポテトを一つつまんで、

「さすがに自己評価低すぎでしょ」

くぐもった声で言う。口に物を入れて人と喋らない、なんて今さら指摘してもしょうがない。

俺もポテトを取って、残り少なかったコーラを飲み干した。またしても誘惑に敗れて、注文したドリアを口へ運ぶ。バイト終わり、不健康なものほど染み渡る。家まで空腹を我慢すれば、母が夕飯を用意していることは分かっていたのだけれど、中々どうして食欲は手強い。疲労時はなおさら。

翌日の夜、俺は青木とファミレスにいた。用事というのはこれ、大したことのない野暮用である。

「ドリンクバー行ってくるけど、なんかいるか?」
「んー、ならコーヒー。あ、ミルクとシロップも持ってきて。二個ずつね」
「はいはい。いつか病気になるぞ、まじで」

毎週金曜日、この時間は彼女に会う。夏以来、それがルーティンになった。

仲がいい、とは言われ続けてきた。たしかに、今のような一シーンだけを抜いてこれば、そう映るのかもしれない。

けれど事実は全く別、見当はずれもいいところだ。

「で。どうするよ、結構面倒なことになっちまったけど」

アイスコーヒーを自分のも合わせて、二つ入れてくる。だらしなく青木は机に肘を突いていた。落としてしまって、ブラウスが黒に染まるのが簡単にイメージできた。離れたところに置いてやる。

「それ言いたいのは、あたし。一果もずっと落ち込み調子だし、こんなの望んでたわけじゃないんだけど」
「俺も。正直、居心地悪い」

席につきながら、コーヒーを一口含んだ。

「そううまくはいかないね」
「これまでが行き過ぎてたんじゃねぇの」
「意味ない、こんなの。せっかく今宮と二人でもさ」

俺と青木には、計画があった。

郁人と栗原、付き合い始めた二人の仲を試す。考えてみれば差し出がましい計画だ。夏以来、秘密裏に進めてきた。二人で会うのはそのため。

青木は郁人に好意を寄せていた。直接聞いたことがあったわけではないが、なんとなく分かっていた。フォローするつもり、相談を受ける中で話が持ち上がった。

事実、二人が恋仲になる前触れはなにもなかったから、俺もそれは疑問に思っていた。

物事は、順当に運んだ。帰り道、二人で帰らせて様子を見る。デートをさせる。言いくるめて、二人を文化祭委員にする。全ては怖いくらい、仕立てどおりにいった。けれど唯一にして最大の誤算は、そこまでやっても二人の関係が好き同士には見えなかったこと。
俺も青木も委員になり、二人の役割を分断する強硬策にも出た。青木と郁人は、道具係の取りまとめ。俺と栗原は、劇の主演。普通なら物言いがついて然るべき配役なのに、それでもなにもない。

そしてそこから、プランは蛇行しはじめた。二人での行動が増えれば、少しは色を出したくもなる。好きなのだから。青木に限ったことではない、俺も。

栗原のことが気になっていた。
一学期、まだ仲良くなる前からだ。一目惚れというより、所作に惹かれた。話しかけたらちょっと緊張で肩がいかって、でも懸命に言葉を選んでくれる。プリントを回すだけでも、丁寧に後ろを向いて両手で渡す。一つ一つが、心を揺らした。

だから、二人で練習する時間は俺にとってまたとない機会だった。くだらない冗談をかましては、笑う栗原の顔を見る。
あくまで郁人の彼女だと分かってはいた。けれど、その時間をやめられなかった。どうなりたいか、したいか目的がはっきりしないまま過ごして、うやむやのうちに郁人たちは別れた。俺たちが下手に介入していったせい、かもしれなかった。

「……チャンスとも思えないよな」
「当たり前でしょ。どんだけ最悪なやつなの、それ。最悪の塗り重ね」

でも最近はもう決めた。

郁人は腹の底から信頼できる、無二の親友だ。栗原への想いと天秤にかけたら、彼との仲を失いたくない気持ちが拮抗した。本当はどちらも大切だ。
でも、二つは取れない。それならすでに確かな方を、と思った。

だからもういいのだ。郁人が望むなら、復縁にだって協力してやるつもりでいる。だが、それもこれも今の状況を打開したあとの話ではある。

「文化祭、中止になんねぇかな。うまく行く気がしない」
「なるわけないでしょ。というか、サボってるくせに一丁前なこと言うね。山田いない間も会議に作業に結構大変だったんだけど」
「痛いこと言うなぁ、どうしても息が詰まってさ。ごめん。で、少しは進んでるの」

青木は目を瞑って、横に首を振った。