「散々郁人にも笑われてんだ、これ以上抉ってくれるなよ」
「ふみと……って、あぁ今宮くん。下の名前で呼ぶほどだったっけ?」
「今はそうなんだよ。文化祭委員も一緒だし。なんならマブだマブ」

たぶん、とは舌で丸めて下しておいた。

「えぇあんたの思い込みじゃない?」
「それ、俺寂しいやつじゃん」
「だって、今宮くん取ったら、ふっしーに妬まれるよ」
「伏見と取り合うって。別にその気はねぇ」

構えていない名前が出てきた。少し語尾が濁った。

ちょうど音楽が替わる。聞いたことのない邦楽だった、分かるのはかなりハードでハイテンポな曲ということ。徹と洋輔はなおさら気分が高揚したようで、いよいよギターを振り回し歌い始めた。芹奈も口ずさむ。

『たぎり、思い切り、これきり』

サビでボーカルが、ラップでも刻むような軽い調子で歌う。響いてはこない。最近はもっぱら、オルタナティブなのだ。ちなみに意味は未だに知らない。

うるさかった。鈴虫の鳴き声でも聞いている方がいい、思っていたら

「爽太郎も歌おうぜ」

徹が間奏の合間に、にっかり笑って俺の肩を叩く。

部活中、休憩の時にふざけていた彼と全く印象が違わなかった。
坊主だった洋輔は、今や逞しく伸びた髪をワックスで遊ばせている。それでもまるで変わった感じがしない。

曲のセンスに疑問は残るけれど、まぁこの感じは悪くなかった。無条件に楽で、愉快で。考え事の類が頭の奥へ後退する。意味不明に笑ってしまっていた。それから、恥ずかしながら少し歌ってしまった。

段々と馬鹿騒ぎに変わっていく。途中からは、花火が出てきた。徹が忍ばせていたらしい。今年の夏は花火大会には行ったけれど、手持ちはしていなかった。

「爽太郎、てめぇやったな!」
「騙した仕返しだと思え、この野郎! なんだかんだ期待してたんだからな」

バイト帰りだったことも明日が学校であることも気づけば忘れていた。
手筒花火を振り回す、ネズミ花火を投げつける。芹奈が一番暴れていた。初めは冷めた目で、これだから男はなんて言っていたくせに。

バケツではなく、川の水で火を消した。徹は足を滑らせ、川に片足を突っ込んだ。笑い転げていたら、警察がやって来て補導される。
通行人から、通報があったようだった。考えてみれば当たり前、駅前すぐ、町のシンボルたる歌劇場の目の前じゃあ見つからない方がおかしい。

懇々と説教を受ける。
学校と名前を聞かれて、近くの別の学校と偽名を答えた。中学生の時、散々使った手法だ。どうせなら最後、線香花火まで楽しみたかったなと思った。

「悪い悪い、災難に巻き込んだな」
「本当だよ、全く。俺、捕まりにきたみてぇじゃん」

説教から解放された後、家の方面が同じ、洋輔と自転車で並走をする。

「そう言うなよ、悪気はないんだ。それにあの紹介の話も嘘じゃない」
「いいって、別にもう。紹介してもらわなくても」半分くらいは本音だった。
「一回見ろってまずは。意外と本腰入れたくなるかもしれない」

けれど、こう押されると弱い。断固拒否するほどのわけもない、と信号待ちの間、写真を見せてもらう。ミディアムヘアで中肉中背、なんと感想を言えばいいのか困る普通の子だった。

「……この子には申し訳ないけど、わざわざ紹介してもらわなくても。クラスに一人はいるタイプじゃん」
「だめだ、お前はまだこの子の魅力をなにも分かってない」
「どういうこと」

「顔はまぁそれなりだけど、ここだけの話、たぶんDはある」
「詳しく話を聞かせてくれ!」

そうとなれば、全ては別だ。ゾーンは広めて考えるべきだ。世界に同じ人は一人といない。あくまで理由はそれだ、プロポーションに断じて釣られたわけではない。

「はは、そうこないとな。じゃあ明日あたり放課後どうだ? 誘っとくけど」

すぐに予定調整の話になる。
次の日はバイト終わりに先約があった。じゃあと出てきた候補日は、明後日。暇かよと思ってこう答えた.


「忙しいんだよ、俺は」