別に彼女が欲しかったのでも、飢えていたのでもない。あくまで友達の誘いだから乗ったまで。数分後、俺は河川敷についていた。自転車を飛ばしたのはそう、あくまで友情のためだ。

しかし何度そう言っても、

「いや早すぎる。なにそんなに紹介して欲しかったの」

その場の誰も信じてくれなかった。到着した途端、大笑いの的になる。どうやら俺は釣られてしまったらしい。それも少し考えればわかるような単純な罠に。

河川敷に行ってみたら、見事に見慣れた連中しかいなかった。同じ剣道部だった内藤(ないとう)徹(とおる)、サッカー部の内川洋輔、それからバスケ部マネージャーの亀沢芹奈(かめざわせりな)。全員、中学三年の時のクラスメイトだ。

宝塚駅のすぐ脇、雄大に流れる武庫川に沿って整えられた河川敷は、昔は遊園地の船着場があったこともあるのか相当程度に広い。歌劇場の横にあるのもあって、昼は観光地や休憩スポットとして人気がある。そして夜は、こうして溜まり場にもなる。

菓子や紙コップが、無造作に地面へ広げられていた。めちゃくちゃだった、ドリンクなんかは酒が混じっていても一見ではわからない。勧められるままに一つ飲む。ひとまずこれは、ソフトドリンクのようだ。

「やっぱこれ格好いいよな」
「選曲いいだろ」

軽く耳に届くくらいの音量で、流行りのロックチューンがかかっていた。徹と洋輔はバンドの真似事だろうか、実際にギターを持って適当にかき鳴らしている。チューニングも、コードも何もなったものじゃない。外れた音をバックミュージックに、

「なにしてたの」

芹奈が俺に聞く。一音めが掠れる低い声は二年前から変わっていない。

「バイトだよ、家にいたらさすがに来てない」
「どうだか。ってかバイトしてるんだ、今度奢ってよ」

「嫌だ。それに金使うなら、ライブでも行くよ」
「変わってないなぁケチなのもなにも。あ、前髪だけ切り干し大根になったか」
「おしゃれなパーマだっつの」

そう言われたって、働けど一ヶ月経てば財布が空になるのだから仕方ない。ライブに、遊びに、毎日のコーヒーに出費は嵩む。
ふと思いついた。ハンドルにかけていた紙袋を渡す。

「あぁそうだ。ケーキ持ってきたんだけど」

母への土産改め、見栄を張るための差し入れ。

「え、急にどした? ケチどころか至れり尽くせりなんだけど。せり、ちょうど甘いの欲してた」
「そらぁよかった。あいつらは──、いらなさそうだな。二つともやるよ」
「ほんとに!? なによ、せりのこと好きなの」
「来てるのも知らなかったっての」

芹奈の目が輝くのが暗い中でも分かった。
どこかしみったれた笑顔だ、落ち着きはするけれど俺の好みはもっとお淑やかなそれ。

「文化祭の主役やるんでしょ。インスタ見たよ、話題になってる」
「馬鹿にしてんだろ、それ。あの頃とは違うんだよ」
「いやいや天性のものだって。悪くないと思うけどな、個人的には」

嫌な記憶が思い出される。

中学時代、文化祭でやった劇で、俺は大した役でもないのに盛大にステージで転んで、会場中を騒然とさせたのだ。何もなかったように退くと、そのあとには話の本編とは関係ない大笑いが起きた。