「わっ、今日はいっちゃんと一緒!?」

上ずった声に、私は顔を上げる。長い髪が、高いところで風に揺れていた。その顔には満面の笑みと驚きが浮かぶ。

「はるじゃん。ほんと最近はよく会うな」
「ほんと! よっ、昨日ぶり! しかし重なるなぁ。もう郁人の顔は見飽きたくらい、見なくても絵にできそう~」
「それは言い過ぎだろ、っていうか、もう何年も見てんだから描けるだろうよ。そもそも家が隣じゃん」

伏見(ふしみ)はるちゃんだった。今宮くんの、幼稚園来の幼馴染だ。

今宮くんが破顔になって話す。数歩私の隣からはるちゃんの方へ近づいて、とんと数回肩を叩いた。しょうがなさそう、はるちゃんは強めにやり返す。痛い、とそれでも今宮くんは楽しそうだ。

「で、で! 二人はなに、放課後逃避行―? 仲良いねぇ」

はるちゃんが私に話の水を向ける。

学校は違うけれど、今宮くん伝い、私も彼女の友達だ。社交的な彼女は話し上手で、聞き上手。初対面から隔てなく接してくれて今ではインスタグラムをフォローし合う仲、この間は最近駅前にできた台湾喫茶の話で盛り上がった。

「はるちゃん、私たちなにからも逃げてないよ。たまたま一緒に帰ってきてそれで」
「たまたま? またまた! 照れなくてもいいよ。二人が付き合ってるのなんて、うちも知ってるし」
「えっと、だよね……」

ちょうどその付き合うことに悩んでいるから、返答に窮した。ちらり、今宮くんを伺う。しかし、彼はそれに気づかない。そのうちに、

「可愛いな、もう。見てたら、うちが照れそうになる!」
「えっ」

はるちゃんが私に抱き寄った。驚く間もなく身長百五十と六十五、まるっと覆われる。長い髪から、いい香りが漂った。

「はる、その辺にしとけよー。背中からだと頭も見えない」
「んー、もう少しだけー」
「ごめん栗原さん。大丈夫か──って、その体勢じゃあ返事もできないよな。ほら、そろそろ」

今宮くんが言うのに、はるちゃんは二度返事で応じる。

「ふふっ、別に大丈夫だよ」

言いながら、私は少し乱れた髪をただした。私のは短めショート、前髪は地毛がうねっていて、いい匂いも立たない。代わりに汗の蒸れた臭いがする。

はるちゃんは綺麗だ。切れ長の目といい、スタイルといいモデルのよう。それを見てから自分の足元に目をやると、情けない気になった。気づけばできていた、膝の生傷をスカートを下げて隠す。

それには気づかないで、二人は話す。

「そっか! なんか新鮮だなと思ったら、付き合ってから二人なの見るの初めてじゃん!」
「そういえば、そうか?」
「そうだよ! 雰囲気変わらないから分からなかったじゃん」

幼馴染というだけあって、間が合っていた。割って入るタイミングも意味もなく、一歩後ろにつく。

「ね、二人の写真撮っていい? カップル初遭遇記念!」
「それ、はるにとっての記念にならないだろ」

「なるよ。弟くんに報告できる! それに、どうせ写真の一枚も撮ってないんでしょ、郁人のことだから」
「それは確かだけど。はるが撮るのはよく分からなくない?」
「とりあえず撮っとくものだってば。女の子はみんな撮りたいって思ってるよ、ねぇ? ロック画面にしたりしたいじゃん!」

はるちゃんが私の方を見て言う。

そういうものなのかな。どっちにしても、断るほどの理由もなかった。

二人並んで写真に収まる。初々しいね、と満足そうにはるちゃんが見せてくれたそれは、恋人というより入学式の兄妹みたいだった。私の顔は強張って、今宮くんもなんとなくぎこちない。少なくともロック画面向きではない。

何枚か撮ってから、

「ね。うちも写っていい? せっかくだから。撮ってたら入りたくなっちゃった。ほーら、いっちゃん寄って寄って!」
「う、うん」

今度はインカメ、慣れた手つきではるちゃんはスマホを構える。兄妹の端に、一人垢抜けた姉が加わった。

そこから写真の寸評や世間話に花が咲く。はるちゃんが加わっただけで、時間が加速したみたくあっという間に過ぎた。

「じゃあ、いっちゃん。あとで写真送るね~!」
「栗原さん、今日はありがとう。また明日」
「うん、またね。私も楽しかったよ」

途中で二人と別れて、一人歩き出す。

別れの挨拶を終えてから、私は軽い脱力感を覚えた。足運びが緩くなる。

いつもと同じだった。楽しかっただけで、なにも変わらず、確かめられなかった。もう少し二人きりならどうだったかな、頭をよぎる。結局不安定なまま時間が過ぎて、こうなっていた気もした。

バス停につく。次は十五分後の時刻表を見て、ため息が出た。同時、ずきと頭が痛んだ。やはり水飛沫の音がした。