「……はるちゃん、すごいね」
「ううん、全然大したことないないよ。ほら、なんでもいいからやってみて!」

二人はそれぞれ頭を悩ませ始める。

私は時々合いの手を入れながら、悟られないように彼らを注視した。正確には、その間に流れる空気感を。

「大学生になった時のことなんて、想像つかないな。栗原さんはどう?」
「……えっと、私はお姉ちゃんが大学生だから少しは。留学してるんだ。でも、私はどうかな」
「そうなんだ、お姉さんが。知らなかったな」

噛み合っているようで、ずれていた。一本歯を外せば、簡単に壊れてしまうような危うさがある。それを繋ぎ止めているのは、どちらだろう。

 そうして観察しているうちに、いつの間にか連想語リストは十分な情報量になっていた。それを元にして、私はたとえばのイメージを提示する。

「恋愛ドラマなら、主人公が成人式ではじめてお酒を飲んで酔ってる時に、初恋の女の子に会う、みたいな感じかな。まぁありがちだけど」
「いや、ありがとう、はる。一気に絵が想像ついたよ」

 大して褒められたわけでもないのに、たやすく頬が緩むから困る。味を占めた私は、もう少し例を、と頭を捻っていて、同時に小さな企みを思いついた。

「それで主人公は初恋の子のことをまた好きになるけど、主人公には昔からの許嫁がいるの。許嫁は主人公を絶対離さない、それで結末で主人公がどっちを選ぶか、なんてどうかな」

 主人公が郁人で、初恋の子がいっちゃん。そして私が許嫁。勝手に当てはめた。いっちゃんを試す意図があったのだが、

「えっと……どっち、かな」

例え話だ、意図が伝わらずとも仕方がない。

「俺なら、初恋の子を選ぶかなぁ」
「……へぇ、ちなみにどうして郁人はそう思うの」もしかして、この関係を繋いでいるのは郁人の方?
「その方が話の筋が綺麗じゃないか?」

 なるほど。郁人の言うことはもっともだ。仕掛けることばかりに囚われて、ストーリーの基本を見落としていた。

そこからは私も真面目に、と気を取り直した。いっちゃんが帰ると言い出すまで、三人でプロット制作に励む。

結局紅茶にはほとんど手をつけなかった。店を出る頃には、溶け残った白砂糖がカップの底に溜まっていた。


いっちゃんと別れて、郁人と二人、家路につく。

「今度は上手くいってるの? もうすぐ一ヶ月だよね、付き合い出してから」

私は堪えきれず、こう切り込んでみた。
あくまで冗談の範囲内、逸脱して本音が混じってしまわないよう、気をつけて。フォローも加える。

「最長記録更新だね! 前は三週間だから、百二十五パーセント増!」
「言ったな? 結構気にしてる。これでも繊細な方なんだよ」
「あはっ、ごめんって。今度は続きそう?」

郁人が低く唸る。どうだろ、と一滴雨粒を落とすように言った。

独り言だったのかもしれない。でも郁人の声なら、どんなに小さくても拾える。私の受け皿はそうなっているから。
やっぱり見立て通り、順調というわけでもなさそうだった。

「分からない。栗原さん、難しいところあってさ」
「ふーん、うちが話聞いてあげよっか。私は最長二ヶ月だし!」
「おう。って頼もしくないなぁそれ」

話のうち、マンションに着く。

十階建ての二階、七号室が今宮家で角の八号室が伏見家。
エントランスに入ってまず、私たちは、コーナーにある集合ポストからチラシやら夕刊を抜いた。

少しでも話していたくて、先週の頭、一度確認したのがきっかけで以来毎日の習慣になった。

実際溜めるとロクなことがない。
最初見たときには、ポストに触れただけで皺の寄ったチラシが大量に吐き出された。それでは大事な手紙が混じっていても気づかないこともあるかもしれない。

同じスーパーのセールチラシを握りながら、共有階段を二階に上る。
七号室の扉の前で、

「今日はありがとうな。なぁ、明日も時間あったら、指導頼んでいい?」

郁人が私に向けて手を合わせる。

「どうしよっかなぁ」

言葉とはひっくり返って、心の内ではとっくに答えが出ていた。

「いいよ。うちも楽しかったしね」

何時間待って伏せてでも、会いたかったのだ。断る理由を探す方が難しい。

家に入る。鍵を閉めてから、そのまま玄関扉に背を預けて、不整に脈打つ胸を抑え整えた。今日も会えた、話せた。明日などは会う約束までできた。

つまり私は、郁人が好きだ。

簡単に伝えられるものではないのだけど。