二


「それにしたってよく会うな。家隣にしたって多い」
「見飽きるのも飽きて、慣れてきちゃった。そういうもんだと思ってる、幼馴染の運命的なの」
「ま、分かる。その運命とかのおかげで、はると話さないと家に帰った気がしなくなってきた」
「いいこと聞いた。明日からわざと時間ずらそうかな」

待ち伏せ、一歩間違えばストーカー。けれどもう習慣になってしまった。

最初は、本当の偶然だった。
友人とカフェでお茶をして帰った九月三日、思いがけず遭遇した。

その頃まだ郁人は一人で帰っていて、久しぶりだからと遠回り、長話をした。と言っても、夏休み中も近所の祭りや、スーパーで会っていて、宿題を一緒に潰す日もあった。会えたら、とは思っていたけれど、とくに久しいということもない。不思議に思っていたら、彼女ができたと告白された。まさに寝耳に水を注がれた気分だった。

相手が、私も知り合いのいっちゃんと聞く。

前に二人を見かけたときは、とても恋人になる風には思わなかった。詳しくと話を聞きつつ、油断したと思った。直接話をしたことはないけれど、あるとすれば青木さんかなと考えていた。

次の日からだ、私が故意に「幼馴染の運命」を装うようになったのは。
居ても立っても居られない、学校にいる間さえ胸騒ぎがやまない。

募る不安感、想い、気づけば待ってしまっていた。

いっちゃんと連れ立ってきた時には、動揺した。でも二人の関係がはっきりしないのを見て、まだ目があるかもしれないと思った。それは今も変わらない。

なにより、だ。

「はるはどうなの、文化祭の準備。あと二週間もないんだっけ、今日はなにかした?」

気づけばすっかり低くなった声、タイを緩める変わらない仕草、戯れるようなやり取り。

私はそれを離すわけにはいかない。
たとえ、いっちゃん相手だろうと譲るわけにはいかない。

郁人の隣は、ここは、私の場所だ。

「ううん。うちは、一ページも進んでない。でも、帰ったらコマ割りはするつもり!」
「間に合うのか〜、それ」
「覚えてるでしょ、私宿題とか課題忘れたことないの。二人こそどうなの? 文化祭委員は」

私は、後ろについて黙していた、いっちゃんの方に身体を向ける。

「えっと、劇の題材決めることになったよ。でも、それくらい、かな」

彼女は、自信なさげな表情をしていた。疑問に思って尋ねると、

「シナリオ、オリジナルじゃないといけないらしくてさ」

郁人が代わりに答えた。

「うわっ、それは大変だねぇ」

シナリオを作るのは、私のようないわゆる漫画家の卵でも、簡単にできるものではない。
私も、まさに行き詰まっているところだ。

「だろ? 普通の高校生にそんなもの作れるかよ、って話。まぁでもどうせやらなきゃいけないから、これから二人で話し合い。近くのカフェで、ちょっと喋るくらいだけど」
「へぇ、そうなんだ」

取り繕った相槌を打ちつつも、胸が痛む。

この時間なら、最後は二人になれると思ったのに、うまくはいかないものだ。
ひっそり沈んでいた私に、救いの手を伸べてくれたのは、

「えっと……はるちゃんもくる?」

いっちゃんだった。

「え。いいの、二人の邪魔じゃないかな」
「……うん。はるちゃんなら、私たちよりいいお話作れそうだし」

「あー、たしかにな。はる、天才漫画家だから、学校の劇くらいなら安い話かも?」
「ちょっと郁人ってば!」
「ははっ。それは冗談にしても、本当に教えてもらえるなら教えてほしい。先生、お願いできたりする?」

二人が私を期待の眼差しで見るのに、少したじろぐ。

自分の作品さえままなっていないのだ。先生などとは大それた肩書である。
けれど、郁人に求められている。そして、堂々と二人の中に割って入れる切符を得ることにもなる。これは、逃してはいけないチャンスである気もした。

「うん、いいよ。大したことはできないと思うけど」

私にとっては、本日二度目のカフェだった。夕方と同じくアメリカンを頼んで、二人と向かい合う。

「一応、テーマはもう決まってるんだ。えっと、たしか。なんだっけ栗原さん」
「……五年後の自分たち、だよね」
「そう、それ。今日のホームルームで決まったんだ」

机の上には、いっちゃんの記した議事録が開かれていた。上の行から細かく書き込まれていて、既に整理もされている。実に見やすかった。

「ちゃんとしたテーマだね。びっくりした!」
「だろ? まぁ俺はよく分かってない」

郁人はあっけらかんとして笑う。

「私も正直、うん。あとの二人も分かってなさそうだったよね」

いっちゃんが何気なく呟いたのに、

「二人で委員じゃないんだ?」

私はつい反応してしまった。

「二人じゃ人手が足りなかったの。学校全体での会議もあるし、道具係とかの準備もあって」
「その響き懐かしいっ! なんだ、てっきり二人なんだと思ってたなー」

少しほっとしたせい、声のトーンが余計に上がってしまった。私はこほんと咳き込んで調子を取り戻す。

「山田も委員になったんだ。俺、委員なんて初めてだから、委員歴任してたあいつがいると百人力って感じ」
この分だと、たぶんもう一人は、青木さんなのだろう。いずれにしても、二人でないのは、私にとってはいい情報だった。
「で、決まってるのはテーマだけ?」

本筋に話を引き戻すと、いっちゃんは不安げに応じた。

「うん、そこからは全然。どうすればいいものかな」

テーマが最初に決まるというのは、創作ではよくある。シーンから、キャラから、人によってタイプは違うが、私もテーマ派だ。

私は自分のノートを引っ張り出して、大きく丸を書く。真ん中に「五年後」と書いて、二人にペンを託した。

「んー、決まったやり方っていうのはないから、あくまでもこれはうちのオススメ。まずは連想ゲームをするんだ。たとえば『二十歳』とか単語でも絵でもなんでもいいからさ」

郁人といっちゃんは顔を見合わせてから、そろそろとペンを取る。
「大学生」「一人暮らし」、キーワードが少しずつ書き揃えられていった。

「なぁ、はる。これをどうするの」
「さっきよりは話膨らみそうでしょ? これをどんどん繰り返すの。たとえば、成人式、お酒、茶髪とか! その後に、出たキーワードについての吟味だね」

「なるほど、さすがプロだな」
「アマだよ。あとは劇って制約も含めて話を考えていけば、形にはなるんじゃないかな」

なるほど、と郁人が唸る。いっちゃんも静かに感心している様子だった。