一
昼下がり、上りの電車はいつも人が少ない。
一番後方からでも先頭車両が見え、運転手の黒い帽子が傾きだした日の光を照り返すのが分かる。
それも、ただでさえ少ない乗客の大半は、同じ制服を着た学生たち。
扉一つ先からは、遠慮のない大笑いが聞こえてくる。覗くと、床には鞄や菓子の袋やらが適当に散らし置かれ、ある生徒はシートに寝転んでいた。
それに比べれば、後方車両は落ち着いている。
鞄は膝の上で、せいぜい飲み物を持っている人がいるくらい。
学校と同じように電車にも棲み分けがあって、私は大抵一番後ろに乗る。
「じゃあね、はる。はるは本当遠くから来てるなぁ」
そんな電車事情も、田舎ならではだと思う。
私は、友人が三田駅で降りるのを、車窓から手を振り見送る。
列車が走り出してもそのまましばらく外を眺めていると、雄大な自然と田園が窓枠いっぱいに広がった。それを、六甲山が厳めしく見下ろしている。武庫川も宝塚で見るよりずっと川幅が狭い。川端には大きな岩が転がっていて、イワツバメがその上で遊んでいた。
毎日見ていても飽きない景色だ。葉の一枚、稲穂の色に、すぐ逆戻りする天気予報よりたしかな季節の移ろいを感じられる。今年の夏は暑かった。秋というには少し早いようで、まだ山は青々としている。
秋の気配を探していたら山を切り通した長いトンネルに入って、私は前へ向き直った。
「まだ二時か〜、なにする? 大阪まで出てボーリングでもいかない?」
「いいね、カラオケと漫画喫茶って言うのもいいんじゃないかな」
隣の席に座っていた生徒二人が、実に楽しそうに計画するのが耳に入る。ピンの色で、一年生だと分かった。
ならば、浮かれるのも無理はない。
文化祭準備期間、私の通う芸術専門高校は短縮授業になるのだ。
授業は長くとも五限まで、部活も一律でなし。なんでも、日頃の学びを活かして自分なりの芸術を成すための時間、らしい。建前は立派だけれど、機能しているかは怪しい。
一人ひと作品、文化祭では制作ノルマが課される。
それを直前の追い込みでやっと完成させるのがほとんどだ。去年の私も、最後は完徹二日でやり切った。
今年こそは余裕を持って。思ってはいるのだが、なかなかどうしてやる気が起こらないものなのだ、これが。だから迂闊に先輩らしい助言もできないでいると、宝塚駅に着いた。
私は時計を見る。
まだ三時だった。
つまり、あと三時間といったところ。
今日は、いや今日も特に予定はない。改札すぐ、駅ナカのカフェに席をもらう。奥まったところにあるせいか、いつでも空席があって、ここにはよくお世話になっている。最近は、もう連日だ。
まず英語や数学の課題を終える。それから、作品制作には手をつけず、見逃し配信のドラマをたっぷり一時間鑑賞した。
もう最終盤だ、一話から撒いてきた伏線が怒涛の勢いで回収されていく。面白かった、漫画のプロットの参考にもなる。けれどいよいよ結びという感が漂って、最終回の予告を見ながら、寂しくも思った。
私はそういうタチ。そのせいで、最終回だけを見ないで終わった作品がいくつもある。
「次で最後かー、どうなるんだろ」
ネットで感想のサーチをする。かなり掘り下げたのだけれど、まだ時間はあった。
手癖でインスタグラムを覗く。
学校で撮った写真を上げて、ストーリーを眺めていたら、ちょうど山田くんが更新をしていた。
好きなバンドの新譜発売日らしい。
山田くんとは中学校の同級生だ。二、三年生の時は同じクラスで、席が隣になったこともあった。音楽の趣味が似ていて、今でもたまに曲を勧めあう。このバンドも前に聞いたことがあった。その時はそこまではまらなかったのだけど、どうにも暇だった。
私は店を後にして、CDショップに行く。
駅から十分かかるけれど、躊躇いはなかった。その新譜や気になった曲の視聴を繰り返しては、時計を見た。
最近、夕方はいつも時間の流れが遅い。どの曲もローテンポに思える。アルバム二枚を聴き終え気に入った方を買ったところで五時すぎ、ようやく頃合になった。
私は電車、バスと継いで最寄りの停留所で降りる。学校は昼で終わったのに、もうすっかり日暮れになっていた。近くの自販機の灯りが眩しい。
私は、川沿いの道へ出る。住むマンションは、ここから上り坂が続いた先だ。難儀な場所である。
川上の方を伺う。まだのようだった、人の気配もない。
仕方なく、私は近くの団地の花壇の淵に腰掛けた。
昨日も一昨日もここに座った、座り心地は決してよくない。けれど上流からは木の死角になって見えないうえ、こちらからは覗けるから立地はちょうどいいのだ。
日に日に遅くなっている。昨日より五分十分、音楽を耳にする気にもなれず、ただ数えていたら、ついにきた。
今日も二人だった。黒い影が背後に、心にさす。けれど、いつか郁人は私の笑顔を褒めてくれた。だから私は笑う。
「また会った〜。遅くなったらなったで会うの、すごくない?」
「また、はるじゃん。さすがに驚くよ」
「それこっちのセリフ!」