壱幕 つつ闇の政略結婚
「縁談、ですか?」
戸惑いを隠せぬまま聞き返した絃に、対面していた兄の弓彦は頷いた。穏やかな表情だが、どこか気遣うような眼差しが絃を射抜く。
「相手は五大名家──冷泉家の次期当主。冷泉士琉殿だよ。絃も知ってるね?」
「は、はい。お名前は存じておりますが……」
三日月形の大陸から成る灯翆国は、大きく五つの州に分けられる。
各州を統治しているのは、絃が生まれた月代をはじめ、安曇、八剱、氣仙、そして冷泉の家々だ。これらの〝継叉〟の名家を総じて五大名家と称し、国の柱石、ひいては枢軸とすることで、現在この国の権衡は保たれている。
(冷泉家は、はじめて継叉を生んだ家系だと言われているけれど……)
──継叉とは、かつて灯翆国に存在した〝あやかし〟の力を継いだ者のこと。
不可思議な能力を行使することができる彼らは、灯翆国において、なにかと特別視される存在だった。五大名家が華族として特段優位な立場を得ているのも、それぞれが優秀な継叉を輩出する家柄であるからに他ならない。
「恐れながら、兄さま……どうしてわたしなのでしょうか? そのように立派な肩書を持つ方とわたしでは、とても釣り合いません」
「そんなことはないよ。五大名家における権力は同等だし」
「わ、わたしは例外です。兄さまだってわかっておられるでしょう?」
──継叉が尊ばれる社会において、古来より〝月代の血を継ぐ者は必ず継叉として生まれる〟という、不二の武器を掲げていた月代家。
だが絃は、その核たる部分を壊してしまった存在だった。
本家の出ながら、よりによって〝継叉として生まれなかった〟のである。それどころか、害悪の〝妖魔を引きつけてしまう呪われた体質の持ち主〟でもあった。
そんな娘に価値など存在するはずもないのに、他家の次期当主に嫁ぐだなんて不相応にもほどがある話だろう。
(それにわたしは、この体質のせいで父さまと母さまから命を奪ってしまった身だもの……。償いきれない罪を背負っているし、人さまに嫁ぐ資格もない。もう二度とあの悲劇を繰り返さないためにも、ひとりでいなくてはだめなのに)
父に代わり月代の当主の座を継いだ弓彦とて、それは弁えているはずだ。