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それから屋敷に到着するまで、剛は私の腕を掴んで離さなかった。
腕はほとんど血流が止まってしまい、青くむくんでいる。
その手が離されたのは屋敷の裏手に回ってきたからだった。


「いいか。おかしな行動は取るなよ」


剛がライターを片手に握りしめて言う。
すでに孝明がタンクの中の液体を屋敷の壁に撒き散らし始めていて、刺激臭が立ち込めている。

この匂いはガソリンだ。
直接火をつけなくても空気中に気化したものに火花が当たるだけで大爆発を起こす。

私はゴクリと唾を飲み込んで剛の手元を見つめた。
今にもライターの火をともしてしまいそうだ。


「よし。このくらいでいいだろう」


タンクの中をすっかり空にしてしまった孝明が戻ってくる。


「火をつけるのはお前だ」


剛が私にライターを押し付ける。
私は嫌々と左右に首を振って抵抗したけれど、無理やり握らされてしまった。


「今ここで火をつければ、明日からイジメはなくなる。できなければ、明日からはもっとひどくなる」


剛の声が呪文のように頭の中に響き渡る。