何とも言えない蒸し暑さと、眩しい太陽の光で眠りが浅くなった頃、ガチャリとドアが開く音がする。
「翔くん! 勝手に運転なんて、危ないことしちゃダメでしょう! 清正くんもちゃんと止めないと駄目じゃないの!」
 目を開けると、優しい祖母が鬼のような形相で声を荒げていた。
「敷地は出てないから法律的にはセーフだよ」
「そういう問題じゃないの! もし、お向かいさんのお家に突っ込んだり、事故になったりしたらどうするの!」
「あのさ、おばあちゃん」
 祖母は実行犯が僕ではなく翔だと勘違いしている。ちゃんと僕がやったと説明しようとしたが、翔は僕の説明を遮った。
「へーい。ごめんなさーい」
 翔は僕を一瞬振り返ってウィンクをする。下手なウィンクで、右目を閉じようとして左目も半分閉じてしまっていた。翔が中学校の宿泊行事でウィンクキラーをする前に教えてあげた方がいいのかもしれない。
「居間に戻りなさい。おじいちゃまにもみっちり叱ってもらいますからね!」
 車から軽やかに飛び降りて、祖母についていく翔。後部座席の窓越しに僕に大袈裟な口パクをする。
「一連托生だよ」
 本当に翔の言葉がそれで合っているかは分からない。しかし、これから翔と二人で居間に正座して、祖父母からこってりお説教されるのは間違いないだろう。
 その前にスマートフォンを確認する。表示された時間を見る限り、八時間ほど眠っていたようだ。こんなに寝たのは何年ぶりだろう。
 勇樹からのメッセージは、あの後追加で何件か来ていた。
「キヨいないとつまんね」
「キヨと回りたかったな。受験終わったら三年分ガッツリ遊ぼう」
「最後だし来てほしい。高校はキヨと別々じゃん。無理は言わないけど」
 数時間おきに、来てほしいと言うお願いと僕の気持ちを尊重すると言う真逆の内容がループしている。
「返信遅れてごめん」
 十秒後、既読の文字が表示される。僕は意を決して、メッセージを送信する。
「やっぱり行くことにした」
 学校行事という自然な流れに身を任せてみるのもいいのかもしれない。きっと、今という時間を楽しめるような気がした。それは高校受験に受かることより大切に思えた。
 数秒後、勇樹からスタンプが返って来た。「やった!」の文字と共にテディベアが万歳をしているスタンプ。
 自由行動の作戦会議の日程調整は今日の午後にしようと提案して、車を降りる。さて、修学旅行で羽目を外して怒られる予行演習の時間だ。