このままあと二メートル進めば、僕は思い切りアクセルを踏んで灯りもろくにない道を運転してコンビニに向かうことになる。
その間に何回車とすれ違うだろう。煽り運転はされないだろうか。心配は山積みだ。
翔をがっかりさせたくないと言う気持ちと、翔を危ない目に遭わせたくないと言う気持ちを秤にかけた。
迷った末に、ブレーキを踏んだ。道路まで数十センチメートルを残して、車が止まる。
僕を大事に思ってくれる翔に万が一のことがあってはならない。そこまでの事態にならなくとも、もう二度と、僕のせいで大事な人に怖い思いをさせたくなかった。車はちゃんと止まっている。翔が首をかしげた。
その一瞬の隙をつくかのように、明らかにスピード違反のワゴン車が、目の前を通り抜けていった。運転しているのは柄の悪い男で、助手席には時代遅れな髪型をした女が乗っていた。車内は涼しいのに、汗が首筋を伝った。
一歩間違えれば衝突事故になっていたかもしれない。僕はこの無謀な挑戦を終わりにすることにした。
しかし、この犯行が正しくない行為だったとしても、全否定したくはなかった。
あの日の夕方、更衣室で勇樹は言った。
「今日すげー楽しかった。来年も来ような!」
怖い思いをしたのは事実だ。それでも楽しかったのもまた事実だった。受験の関係でまた行こうという約束は果たせていないけれど、来年こそ勇樹とまた流れるプールで遊びたいと思っている。嫌なことが一つあったって、あれは大切な思い出だ。
それと同じように、翔と過ごす今この瞬間をかけがえのない時だと感じられたのだ。十五歳の夏、僕はたった一人の従弟と夜のドライブをした。わずか数秒だったけれど、信じられないくらい楽しかった。だからもう苦しくない。今なら、ちゃんと息ができる。
「やっぱり、この続きは僕が免許取ってからでもいいかな?」
「うん! 今日は満足した! 清正くん早く十八歳になってよ」
翔は全く落胆した様子はなく、ハイテンションのまま答えた。
「うん。待ってて。その時は、どこにでも連れて行ってあげる。コンビニでも、トロイメライランドでも京都でも」
サイドブレーキをかけて、ギアをパーキングに戻して鍵を抜く。エンジンを切る時、電子音が鳴った。それはまるでチャイムのように僕たちの冒険未遂の終わりを告げた。緊張が解けた瞬間急に眠気が襲いあくびが出た。
「運転お疲れ様。どうする? 戻る?」
「いいや。もうここで寝ちゃおうかな」
「運転席狭いし、後ろで横になりなよ」
翔の気遣いに甘え、車からいったん降りて後部座席に移動する。せっかくクーラーで冷やした空気が漏れないように、扉の開閉はなるべく速やかに行った。
そのことでまた神経を使い、後部座席に寝転んだ瞬間、激しく脱力した。
そんな僕に近づくように、翔が思いきり助手席をリクライニングする。
「一方的に俺の恋バナしてもいい? 眠くなったら寝落ちしてもいいからさ」
翔がもじもじしながら問いかけてきた。
「いいよ」
僕が答えると、翔は楽しそうに話しだした。吉岡、滝川の他にも知らない人の名前が次々と出てきたが、もう疎ましくなかった。それどころか、まるで僕が翔の所属するクラスの一員であるかのように錯覚した。
「僕も、高校行ったら恋愛したいな」
楽しそうな翔の声を聞いて、僕もついぽつりと呟いた。
「そしたら、相談乗ってあげるよ」
少しだけ生意気な従弟を愛おしく思う。穏やかな気持ちに包まれて、僕は眠りに落ちた。
その間に何回車とすれ違うだろう。煽り運転はされないだろうか。心配は山積みだ。
翔をがっかりさせたくないと言う気持ちと、翔を危ない目に遭わせたくないと言う気持ちを秤にかけた。
迷った末に、ブレーキを踏んだ。道路まで数十センチメートルを残して、車が止まる。
僕を大事に思ってくれる翔に万が一のことがあってはならない。そこまでの事態にならなくとも、もう二度と、僕のせいで大事な人に怖い思いをさせたくなかった。車はちゃんと止まっている。翔が首をかしげた。
その一瞬の隙をつくかのように、明らかにスピード違反のワゴン車が、目の前を通り抜けていった。運転しているのは柄の悪い男で、助手席には時代遅れな髪型をした女が乗っていた。車内は涼しいのに、汗が首筋を伝った。
一歩間違えれば衝突事故になっていたかもしれない。僕はこの無謀な挑戦を終わりにすることにした。
しかし、この犯行が正しくない行為だったとしても、全否定したくはなかった。
あの日の夕方、更衣室で勇樹は言った。
「今日すげー楽しかった。来年も来ような!」
怖い思いをしたのは事実だ。それでも楽しかったのもまた事実だった。受験の関係でまた行こうという約束は果たせていないけれど、来年こそ勇樹とまた流れるプールで遊びたいと思っている。嫌なことが一つあったって、あれは大切な思い出だ。
それと同じように、翔と過ごす今この瞬間をかけがえのない時だと感じられたのだ。十五歳の夏、僕はたった一人の従弟と夜のドライブをした。わずか数秒だったけれど、信じられないくらい楽しかった。だからもう苦しくない。今なら、ちゃんと息ができる。
「やっぱり、この続きは僕が免許取ってからでもいいかな?」
「うん! 今日は満足した! 清正くん早く十八歳になってよ」
翔は全く落胆した様子はなく、ハイテンションのまま答えた。
「うん。待ってて。その時は、どこにでも連れて行ってあげる。コンビニでも、トロイメライランドでも京都でも」
サイドブレーキをかけて、ギアをパーキングに戻して鍵を抜く。エンジンを切る時、電子音が鳴った。それはまるでチャイムのように僕たちの冒険未遂の終わりを告げた。緊張が解けた瞬間急に眠気が襲いあくびが出た。
「運転お疲れ様。どうする? 戻る?」
「いいや。もうここで寝ちゃおうかな」
「運転席狭いし、後ろで横になりなよ」
翔の気遣いに甘え、車からいったん降りて後部座席に移動する。せっかくクーラーで冷やした空気が漏れないように、扉の開閉はなるべく速やかに行った。
そのことでまた神経を使い、後部座席に寝転んだ瞬間、激しく脱力した。
そんな僕に近づくように、翔が思いきり助手席をリクライニングする。
「一方的に俺の恋バナしてもいい? 眠くなったら寝落ちしてもいいからさ」
翔がもじもじしながら問いかけてきた。
「いいよ」
僕が答えると、翔は楽しそうに話しだした。吉岡、滝川の他にも知らない人の名前が次々と出てきたが、もう疎ましくなかった。それどころか、まるで僕が翔の所属するクラスの一員であるかのように錯覚した。
「僕も、高校行ったら恋愛したいな」
楽しそうな翔の声を聞いて、僕もついぽつりと呟いた。
「そしたら、相談乗ってあげるよ」
少しだけ生意気な従弟を愛おしく思う。穏やかな気持ちに包まれて、僕は眠りに落ちた。



