翔が綺麗な歯を見せてにやりと笑う。
「次は枕投げで勝負だ! やっぱ、修学旅行はこれをやらないと始まんねえよな!」
相変わらず翔はマイペースに話を進める。翔は腕を大きく振りかぶって、いきなり枕を投げつけてきた。蕎麦殻の枕は、実家の枕より固く、顔に当たったら痛そうだ。
「早く投げ返せよ。もう試合始まってんぞ! これは俺たちの勝負であると同時に、先生陣営との勝負でもあるんだから生徒陣営の勝利は清正くんにかかってるんだよ」
「陣営?」
首をかしげる僕に、翔が説明する。
「俺たちが生徒で、じいちゃんとばあちゃんが先生。先生が来たら、みんなで寝たふりする。ちゃんと勝負がついたら俺たちの勝ちで、怒られたら負けな」
言い終えると今度はローテーブルのところに置いてあったクッションを投げてきた。
「どうした? 怖気づいたかー?」
少年漫画やアニメのような挑発をされる。真面目に投げ返したものの、ドッジボールに日頃から明け暮れている翔ほどの球威は出せなかった。それが気に入らなかったようだ。
「投げに魂がこもってない! やり直し!」
批評した後さらに勢いをつけて、僕に枕を投げつける。それを落とさないようにキャッチする。心を落ち着けた後、翔の投球フォームを参考にしながら全力で枕を投げた。
「いい枕投げるねえ」
翔はまるで体育教師のような口調で大袈裟にうんうんと頷く。
「あ、これ体育の授業の時の担任のモノマネな。似てるって吉岡が褒めてくれた」
あからさまにテンションを上げた翔が、その勢いのままにまた枕を投げる。僕も応戦して、いつの間にか翔は立ち上がって重力を利用しながら枕を投げて来る。僕も立ち上がって投げ返そうとすると、ドタドタと走り回って逃げ出した。負けられない戦いだ。
そんなことをしていれば当然、祖母が騒ぎに気付いて部屋を訪れる。三度目ともなると、祖母の口調は厳しいものになっていた。
「翔くん、いい加減にしなさいな。あんまりうるさくしてると、お父さんとお母さんにお迎えに来てもらいますからね」
「はーい」
さすがに枕を没収されることはなかったが、こうなってはもう試合は続行不可能だ。翔の言葉を借りるならば、生徒陣営は教師陣営に三連敗を喫している。
「これ以上騒いだら強制送還されそうだし、さすがに勝負は終わりにしよっか。本当はウィンクキラーもやりたかったけど、二人じゃ出来ないし。ってことで、恋バナの続きしよ」
「だから、恋愛とか分からないんだって。勉強が忙しくてそれどころじゃなかったの」
「じゃあ仕方ねえな。それじゃあ、賢正くんとか優美ちゃんの恋バナ聞かせてよ。噂話も修学旅行の醍醐味だろ。女子はさ、男子は噂話とかしないと思い込んでるけど、普通にするよな? あいつら、俺たちのことガキだと思ってるけどそっちの方がガキだっての」
勝手に兄や姉のプライベートを暴露していい物かどうか一瞬悩んだ。しかし、姉はSNSで鍵をかけることなく全世界に向けて彼氏とのデートの模様を発信している。
「兄貴は分からないけど、姉貴は彼氏いるよ。サッカー部のイケメン」
「うっひょー! さすが優美ちゃん! モテモテー!」
小声ではあるが、大袈裟な仕草を交えながら叫ぶ真似をする。その後、翔のクラスの知らない人間の知らない噂話を聞かされる。
「てかさー、優美ちゃん彼氏いるんだったら色々聞けるじゃん。今度会った時優美ちゃんに色々教えてもらって女心の勉強してから吉岡に告るわ。三島とか沢井も吉岡狙ってるって噂だからさ、差をつけていきたいよな!」
枕投げをしていた時は多少無心になれたが、正直今は苦痛だ。翔と話すのが嫌なわけではないけれども、こうしている間にもいくつ英単語が覚えられるだろうと考えてしまう。
「清正くん顔険しくね? 大丈夫? もしかして眠い? てか、病み上がりっておばあちゃんが言ってたけど、もしかして運動しちゃダメだった?」
翔が心配そうにおろおろしている。三歳も年下の子にいらない心配をかけたことに罪悪感を覚えた。
「ごめん、カフェイン切れたからちょっとイライラしてただけ」
「分かる。俺もポテチ食べられなかったらムカつく」
ポテチ、という自分の発したフレーズに、また翔は目を輝かせる。
「決めた! 今からポテチパーティーしようぜ!」
歯磨きを追加でする必要はあるかもしれないが、目くじらを立てることではない。むしろ、洗面所に行くついでにスマートフォンを回収するきっかけができる。
「問題は今、ポテチ持ってないことなんだよな。急に来たからばあちゃんも用意してくれてない。清正くん、何か持ってない?」
僕は首を横に振る。すると、翔は僕を心配していた時の表情とは真逆の、悪いことを企んでいる時の顔をして笑った。
「今から抜け出して買いに行こうぜ」
「次は枕投げで勝負だ! やっぱ、修学旅行はこれをやらないと始まんねえよな!」
相変わらず翔はマイペースに話を進める。翔は腕を大きく振りかぶって、いきなり枕を投げつけてきた。蕎麦殻の枕は、実家の枕より固く、顔に当たったら痛そうだ。
「早く投げ返せよ。もう試合始まってんぞ! これは俺たちの勝負であると同時に、先生陣営との勝負でもあるんだから生徒陣営の勝利は清正くんにかかってるんだよ」
「陣営?」
首をかしげる僕に、翔が説明する。
「俺たちが生徒で、じいちゃんとばあちゃんが先生。先生が来たら、みんなで寝たふりする。ちゃんと勝負がついたら俺たちの勝ちで、怒られたら負けな」
言い終えると今度はローテーブルのところに置いてあったクッションを投げてきた。
「どうした? 怖気づいたかー?」
少年漫画やアニメのような挑発をされる。真面目に投げ返したものの、ドッジボールに日頃から明け暮れている翔ほどの球威は出せなかった。それが気に入らなかったようだ。
「投げに魂がこもってない! やり直し!」
批評した後さらに勢いをつけて、僕に枕を投げつける。それを落とさないようにキャッチする。心を落ち着けた後、翔の投球フォームを参考にしながら全力で枕を投げた。
「いい枕投げるねえ」
翔はまるで体育教師のような口調で大袈裟にうんうんと頷く。
「あ、これ体育の授業の時の担任のモノマネな。似てるって吉岡が褒めてくれた」
あからさまにテンションを上げた翔が、その勢いのままにまた枕を投げる。僕も応戦して、いつの間にか翔は立ち上がって重力を利用しながら枕を投げて来る。僕も立ち上がって投げ返そうとすると、ドタドタと走り回って逃げ出した。負けられない戦いだ。
そんなことをしていれば当然、祖母が騒ぎに気付いて部屋を訪れる。三度目ともなると、祖母の口調は厳しいものになっていた。
「翔くん、いい加減にしなさいな。あんまりうるさくしてると、お父さんとお母さんにお迎えに来てもらいますからね」
「はーい」
さすがに枕を没収されることはなかったが、こうなってはもう試合は続行不可能だ。翔の言葉を借りるならば、生徒陣営は教師陣営に三連敗を喫している。
「これ以上騒いだら強制送還されそうだし、さすがに勝負は終わりにしよっか。本当はウィンクキラーもやりたかったけど、二人じゃ出来ないし。ってことで、恋バナの続きしよ」
「だから、恋愛とか分からないんだって。勉強が忙しくてそれどころじゃなかったの」
「じゃあ仕方ねえな。それじゃあ、賢正くんとか優美ちゃんの恋バナ聞かせてよ。噂話も修学旅行の醍醐味だろ。女子はさ、男子は噂話とかしないと思い込んでるけど、普通にするよな? あいつら、俺たちのことガキだと思ってるけどそっちの方がガキだっての」
勝手に兄や姉のプライベートを暴露していい物かどうか一瞬悩んだ。しかし、姉はSNSで鍵をかけることなく全世界に向けて彼氏とのデートの模様を発信している。
「兄貴は分からないけど、姉貴は彼氏いるよ。サッカー部のイケメン」
「うっひょー! さすが優美ちゃん! モテモテー!」
小声ではあるが、大袈裟な仕草を交えながら叫ぶ真似をする。その後、翔のクラスの知らない人間の知らない噂話を聞かされる。
「てかさー、優美ちゃん彼氏いるんだったら色々聞けるじゃん。今度会った時優美ちゃんに色々教えてもらって女心の勉強してから吉岡に告るわ。三島とか沢井も吉岡狙ってるって噂だからさ、差をつけていきたいよな!」
枕投げをしていた時は多少無心になれたが、正直今は苦痛だ。翔と話すのが嫌なわけではないけれども、こうしている間にもいくつ英単語が覚えられるだろうと考えてしまう。
「清正くん顔険しくね? 大丈夫? もしかして眠い? てか、病み上がりっておばあちゃんが言ってたけど、もしかして運動しちゃダメだった?」
翔が心配そうにおろおろしている。三歳も年下の子にいらない心配をかけたことに罪悪感を覚えた。
「ごめん、カフェイン切れたからちょっとイライラしてただけ」
「分かる。俺もポテチ食べられなかったらムカつく」
ポテチ、という自分の発したフレーズに、また翔は目を輝かせる。
「決めた! 今からポテチパーティーしようぜ!」
歯磨きを追加でする必要はあるかもしれないが、目くじらを立てることではない。むしろ、洗面所に行くついでにスマートフォンを回収するきっかけができる。
「問題は今、ポテチ持ってないことなんだよな。急に来たからばあちゃんも用意してくれてない。清正くん、何か持ってない?」
僕は首を横に振る。すると、翔は僕を心配していた時の表情とは真逆の、悪いことを企んでいる時の顔をして笑った。
「今から抜け出して買いに行こうぜ」



