律は誰だか知っているのかな、と思いながらドアを開けると、ドアに耳を張り付けるような恰好の霞湖ちゃんがいた。
「………」
「………」
お互い、数秒固まる。
「霞湖ちゃん? 何してるの」
「えっ、いや、あはは?」
……これが笑って誤魔化すというやつか。
霞湖ちゃん、表情豊かになったなあ、なんて感慨にふけってしまう。
「俺に用でもあった? それとも律?」
「え、と。あの……どちらかというと優大くんかなー……なんて」
「なに? 聞くよ」
「……ちょっと、ここでは話しにくいですなー……」
あはは、とまた笑って誤魔化す霞湖ちゃん。
……こんな風に笑えるようになって、本当によかった。
刑事さん――霞湖ちゃんのお父さんに、伝えたいな。
「じゃあ一緒に帰る? 李湖ちゃんのとこ寄って」
「あ、はいっ。お願いしますっ」
今日もいつものように、たまに一緒に帰る日だー、なんて呑気に思っていた。
帰り道、霞湖ちゃんの話を聞くまでは。
「優大くん、うちのおじいちゃんから何か止められてるんですか?」
「ん? なんの話?」
並んで、幼稚園までの道を歩く。霞湖ちゃんは両手で肩にかけたカバンのひもを掴んでいた。
「その……一緒に小埜病院に来てくれたとき、お父さんとそんな話をしていたのを聞いちゃって……」
「………あ」
あ、あれ、聞かれていたのか……。
「聞いちゃまずいこと、でした……?」
「いや、えーと……なんだろう……」
司の家の説明はうまくできないし、説明していいものでもない。
――律の言葉が、よみがえった。
――『好きな人のために家捨てるくらいすると思った』