「か、こちゃん?」

「はっ! ごめんなさい、引っ張っちゃって」

病院の廊下を突き進んでいた霞湖ちゃんが、はっと立ち止まって俺を振り返った。

腕を引っ張られている当初、俺も驚いてされるがままになっていたから、やっと声をかけられた場所はエレベーターの近くで、デイルームはもう遠くだった。

「いや、それはいいんだけど……霞湖ちゃんのお父さん、置いてきちゃって大丈夫だった?」

霞湖ちゃんの気持ちはわかったけど、勝手に帰ってきちゃってよかったのだろうか。

「大丈夫です。うちは――私の実家は、今いる家とは反対方向なんで、送るとかしたら余計な時間食っちゃうだけなんですよ」

「照れ隠し?」

「はいっ? そ、そんなことは……っ」

霞湖ちゃんがあたふたしだしだ。

そんな、ことは、ないですっ、と、ちょっと怒り気味だけど、可愛いなあ。

「いいよ、可愛いから」

俺が言うと、霞湖ちゃんは一瞬驚いたように目を見開いたあと、今度は皿のようにして俺を見てきた。

「霞湖ちゃん?」

「天然タラシこわ……」

「えっ?」

なんか怖がられた?

「ごめん、なんか怖かった?」

「そういう意味ではないです」

平坦な目で首を横に振られた。

霞湖ちゃんの言いたいことも終わったようで、エレベーターまでの廊下をゆっくりと歩く。

「……じゃあ、帰ろうか」

「……はい。今日は……本当に、ありがとうございました。優大くんがいてくれたから、私、言えました」

「うん」

来た時と同じ。

電車に隣り合って座って、何も喋らずに。

ただ、途中で、こてんと霞湖ちゃんが俺の肩に頭を載せてきた。

一瞬跳ねた心臓に気づかれないようにと気を付けて様子を見れば、すうすう寝ていた。

「……お疲れ様、霞湖ちゃん」

本当に。

よく、頑張ったね。