「いえ――私は、いません」
「………」
? わたし、は? なんか妙な返事だな……? 俺が付き合っている人いないって答えたんだから、答えるなら『私も』とかではないか?
と思ったけど、他クラスの窓越しに見た時計がそろそろ次の授業の時間だと教えてくれたので、霞湖ちゃんを促して戻ることにする。見事にこの階しか案内できなかった。
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「律―」
昼休み、理系クラスの教室がある第二校舎の廊下を霞湖ちゃんと歩いているとき、教室の中に律を見かけたから呼んでみた。
最初の頃は律の友達の二年生から、先輩呼び捨てにすんなや、みたいな目で見られたし言われたけど、俺が譲らないし律も構わないと言っていたら、今では律以外の先輩にも特に何も言われない。
今はむしろ、さっさと生徒会入れや、みたいな視線を受けている気がする。入らないけど。
「なん?」
友達と話していた律が輪を抜けて入口あたりにいる俺たちのところへ来る。
「転校生の水束霞湖ちゃん。遅くなったけど校舎内案内してて、見かけたから呼んだだけ」
「お前ホントいい度胸してるよな。水束さん、生徒会副会長の架城律です。校舎は離れてるけど、サポートできることがあったら頼ってください」
「はっ、はいっ」
年下にも敬語で接した律に、霞湖ちゃんは慌てて頭を下げた。
これで律への用は終わった。
「じゃあの~」
「それだけかよ。水束さん、優大に困ることあったら言ってもらって大丈夫だから」
俺が律に向かって手を振りつつ言うと、そんなことを言ってきた。
「えっ、あっ、の……えーと……?」
「律。女子を困らすな」
「はいはい。ごめんね、水束さん」
呆れたような顔の律に見送られて、校内散策を再開する。