俺が言うと、「はいっ」と小さな手をあげたのは、俺と霞湖ちゃんの間に座る李湖ちゃんだった。
「ゆうだいおにいちゃんは、なんていうおなまえなんですか?」
李湖ちゃんのストレートな問いかけに、思わず笑みがこぼれた。素直だなあ。
「司優大、が俺の本名だよ」
「でもさっき、……ええと、ちがうおなまえでよばれてました」
どう呼ばれていたかまでは憶えていないのか、李湖ちゃんは難しい顔だ。
「うん。『國陽』って呼ばれてたね」
「と言うかあの……さっき『くにはるさま』て呼んだ人、院長先生じゃないですか?」
妹の落ち着きぶりにむしろ落ち着いたのか、霞湖ちゃんが会話に入って来た。その辺りは知っているのか。
「うん。嗣さんは小埜病院の院長だね」
「優大くんの、お知り合い、なんですか?」
「いや。優大(おれ)のことは全然知らない。嗣さんが知ってるのは、司家当主の、『司國陽』。嗣さんも、俺を『國陽』だと思って話してるんだねえ」
「……すみません、全然話が繋がらないです……」
悩んでしまったようで、額に手を当てている。
ちょっと困らせちゃったかな。意地の悪い説明の仕方だった自覚はある。
「司國陽ってのは、俺の一個下の司家の当主。俺にとったら、はとこで幼馴染で親友って感じかな。んで、國陽は当主の仕事もしなきゃいけないんだけど、ある場所を離れることも出来ないんだ。だから代わりに、俺が『当主・司國陽』として表向きの仕事に出ている。さっき小埜病院にいたのも、司家(うち)の仕事のためだよ」
「……影武者?」
ぽつ、と霞湖ちゃんが口にした。
「みたいなもんかな。司の中心部の家で、國陽と同年代の男子が俺しかいなくてね。國陽に頼まれたのもあるけど」
まあ、國陽は相当渋っていて、勧めて来たのはじいさん連中だ。
それを俺が一存で請けた。
両親は反対したけど、小さい頃から俺を家に一人にしがちな弱みからか、強くは言ってこなかった。
國陽自身、俺以外に頼める奴がいないのもわかっていたから、いやになったらすぐやめてくれ、と言っている。
ふと、霞湖ちゃんの声が低くなった。
「……辞めたいとか、思ったことないんですか?」
「ないねえ。俺は自分で國陽の影を請けることを決めた。國陽を裏切る気もない」
司を裏切る気がない、とは言い切らない。
俺はあくまで、國陽を裏切らないだけだ。
その言葉では納得しなかったのか、霞湖ちゃんが質問を重ねる。
「みんなは……知ってるんですか?」